『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』はW・アンダーソンの最新傑作!

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』
2022年1月28日(金)より、全国ロードショー
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
© 2021 20th Century Studios. All rights reserved
公式サイト:https://searchlightpictures.jp/movie/french_dispatch.html

 アメリカ映画界で最もユニークな才能を誇り、世界中から注目を集めているウェス・アンダーソンの最新作がいよいよ公開される。2018年に発表した『犬ヶ島』では、ストップモーション・アニメーションを駆使して、日本文化にオマージュを捧げた彼が、今度は雑誌文化、フランス文化に変わったアプローチでオマージュを捧げている。

 ふりかえれば、アンダーソンは長編監督デビュー作『アンソニーのハッピー・モーテル』(日本では劇場未公開)から個性が際立っていた。ジェームズ・L ・ブルックスやマーチン・スコセッシに激賞された唯一無二の作風は作品を重ねるごとにさらに磨きがかかってきた。ちょいと作品名を挙げるだけでも『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』や『ダージリング急行』、『グランド・ブダペスト・ホテル』など、話題をまいた作品ばかりだ。これほど練り込んだ脚本、凝った映像は他に例がない。実際、アンダーソンはベルリン国際映画祭では『グランド・ブダペスト・ホテル』が審査員特別賞・銀熊賞を獲得。『犬ヶ島』は銀熊賞(監督賞)を手中に収めている。

 本作はアンダーソンのユーモアとおたく的資質がさらに洗練され完成された映像に結実している。彼がテキサスの高校時代に図書室で出会って読むようになった「ニューヨーカー」誌へのオマージュをストーリーにあてはめ、そこに彼が敬愛するフランス文化――文学、映画、絵画――のエッセンスをふりまく。原案には『ダージリング急行』や『ムーンライズ・キングダム』や『犬ヶ島』でチームを組んだロマン・コッポラをはじめ、イラストレーターで『グランド・ブタペスト・ホテル』では共同脚本を担当したヒューゴ・ギネス、さらにアンダーソン作品には欠くことのできない俳優のジェイソン・シュワルツマンが参加。アンダーソンとともに知恵を絞り綿密なストーリーを組み立てた。

 明らかにフランスを舞台にしながら、あくまでもアンダーソンの頭のなかのイメージとしてのフランスにするため、架空の街アンニュイ=シュール=プラゼを設定。洒脱なイラストのような街並みのセットをシャラント県ロケ地区アングレームに組み、徹底した美意識のもとフィルムもモノクロームとカラーを使い分ける。どこまでもアンダーソン色に染め上げることを徹底した。

 アンダーソン作品を好む俳優たちは各国に存在し、挙って出演を望んでいる。本作のキャスティングをみればそれが明らか。国際色豊かでくせ者揃い。オール・スター・キャストと書いても決してオーヴァーではない。

『天才マックスの世界』以降、アンダーソン作品の常連となったビル・マーレイ、『アンソニーのハッピー・モーテル』で映画デビューを果たしたオーウェン・ウィルソンを皮切りにして、『トラフィック』や『21グラム』の名演が光るベニチオ・デル・トロ、『戦場のピアニスト』のエイドリアン・ブロディ、『フィクサー』のティルダ・スウィントン、『ノマドランド』のフランシス・マクドーマンド、『君の名前で僕を呼んで』や『DUNE/デューン砂の惑星』のティモシー・シャラメ。フランスからは『アデル、ブルーは熱い色』のレア・セドゥ、『そして僕は恋をする』のマチュー・アマルリックなどまさに豪華というしかない顔ぶれが揃っている。

 しかもカメオ的なちょい役にも、リーヴ・シュライバー、エドワード・ノートン、ウィレム・デフォー、シアーシャ・ローナン、クリストフ・ヴァルツ、セシル・ドゥ・フランス、ジェイソン・シュワルツマン、グリフィン・ダン、アンジェリカ・ヒューストンなど、名優、ベテラン、旬の女優が居並ぶ。これがまだ一部の名前を記しただけだから、この作品の凄さが伺えるだろう。

 しからば、これだけの顔ぶれでどんなストーリーが綴られているかというと、なんとも凝った展開だ。

 20世紀フランスの架空の街にある「フレンチ・ディスパッチ」誌が編集長の急死により、最終号を迎える仕儀になる。その誌面を飾るのは街の怪しげな地区に自転車で潜入せんとしたルポルタージュ「自転車レポーター」をはじめとして、記事の内容が映像化されていく。美術商が服役中の囚人の才能を見いだしたもののとんでもない顛末が待ち受けている「確固たる名作」、学生運動に燃える人々を活写した「宣言書の改訂」、そして警察署長の息子の誘拐事件の解決までを描く「警察署長の食事室」まで、いずれも予断を許さない展開のストーリーが綴られる。

 細かく説明すると興を殺ぐので見てもらうしかないが、面白さは保証できる。何よりもそれぞれのストーリーに散りばめられた文学の引用、さらにフランス映画の引用には思わず前のめりになる。フランス映画に慣れ親しんでいる人には感涙ものだろう。ウィルソンも年齢とともに成熟し、じっくりと人生の楽しさ謳い、映画の夢を称えている。豪華なセット、俳優たちの個性を味わいながら、アンダーソンの演出の巧みさ、こだわりを堪能する。こういう意匠の作品はめっきり少なくなった。貴重な傑作である。

 何はともあれ映画という表現の魅力を実感できる作品。何度も見返したくなる仕上がりだ。ウェス・アンダーソンに拍手を送りたい。