『ただ悪より救いたまえ』はアクション満載、とことんスリリングでリアルな韓国製ノアール!

『ただ悪より救いたまえ』
12月24日(金)よりシネマート新宿、グランドシネマサンシャイン 池袋ほか全国ロードショー
配給:ツイン
©2020 CJ ENM CORPORATION, HIVE MEDIA CORP. ALL RIGHTS RESERVED
公式サイト:tadaaku.com

 香港映画が中国本土の意向を無視できなくなったときから、香港ノワールは勢いを失ってしまった。その点、韓国は北朝鮮の存在によって、常に平時ではない日常がある。だからこそ韓国ノワールにはヒリヒリした切迫感、緊迫感が画面から放たれるのだ。恨の国民性、とことんリアルさを求める志向によって、作品はテンション高く、否が応でもスリリングな展開となる。本作はその代表格といえる。

 舞台は東京、バンコックが中心。韓国の裏社会の活動地域の広さが本作を見ても伺えるが、登場人物が裏社会の人間ばかりではない。

 主人公のインナムは元韓国国家情報院のエージェント。国家の名のもとに暗殺、非合法活動をしていた。現在ではそのスキルを活かして、金のために殺しを行なっている。その彼がかつての上司から最後の仕事として頼まれたのが、在日暴力団幹部のコレエダ・ダイスケの殺害だった。東京に潜んでいたインナムは簡単にかたづける。

 この殺害に対し、コレエダの実弟レイは犯人を探し出し、のみならず家族全員の殺害を命じる。その折も折、インナムのかつての愛人ヨンジュが彼を探しているとの連絡が入る。あえて連絡しなかった彼だが、ヨンジュは惨殺され、彼女と一緒にいた子供が誘拐されてしまった。

 バンコクはこどもの臓器ビジネスの盛んなところ。インナムは取るものもとりあえず、バンコクに飛ぶ。さらに暗殺者がインナムだと知ったレイも追いかけ、タイの大都会は壮絶な銃撃戦、カーチェイスが展開され、文字通り血の雨が降る――。

 監督のホン・ウォンチャンは『チェイサー』や『哀しき獣』などの脚本に携わり、韓国ノワールの魅力を知り尽くした人物。監督デビュー作『オフィス 檻の中の群狼』はカンヌ国際映画祭に招待されるなど、実力は高く評価されているという。撮影は2019年秋から冬にかけて4か月間を費やした。韓国、日本、タイ、3か国を跨いだグローバルなロケ撮影が、ユニークな世界観を創りあげている。それぞれの国の持つ雰囲気が互いに存在を主張し、時に融合してオリジナリティに満ちたビジュアルスタイルを生み出した。

 東京をシズル感たっぷり、くすんだ下町の雰囲気で描き出し、バンコクは猥雑な香りのする街として活写する。それぞれの都会の持つ雰囲気をほんの少し踏み込んだ描きかたをしていて、危険な香りのするイメージを倍加させてみせる。忘れ去られたような東京の下町の食堂、危険な匂いが溢れるバンコクの路地など、なるほどロケーションの効果はいかんなく発揮されている。

 しかもアクションに関しては、カットを割ることでごまかしたりしないで、とことんリアルを貫く方針が採られている。俳優たち自身がすべてのスタントをこなし、何台ものカメラを使ってワンテイクで撮影する方法だ。感心させられるのは、俳優たちの銃火器の扱いの堂に入っていること。徴兵性のあるせいかもしれないが、それぞれが銃を持つと殺気にも似た凄味を発散する。香港ノワールのようなアクロバティックな殺陣ではなく、ひたすら相手を倒すための殺陣。韓国ノワールのリアリズム、魅力はここに尽きる。

 昔の韓国映画はどこまでもリアル、しかも恨の思想が入るものだから、ともすると陰惨なイメージがつきまとったが、最近は自国のみならず海外も意識するつくりになっているため、そこまでハードにはなっていない。その分、火薬量が半端じゃない。荒唐無稽になる寸前で止めている当りが真骨頂である。

 本作に限らず韓国ノワールの魅力をいえば男優陣の渋さだ。本作ではインナム役のファン・ジョンミンは『新しき世界』や『国際市場で逢いましょう』、『ベテラン』『コクソン/哭声』、『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』など、多彩な役柄で知られているが、ここでの孤独な殺し屋は絶品だ。政府の命令で人を殺める仕事をこなすうちに、誰も信じない生き方を選んだ男の哀愁をきっちりとみせてくれる。

 とことんキレているレイに扮するのは『新しき世界』やNetflixの「イカゲーム」の主演で話題のイ・ジョンジェ。ここではただもう破壊しつくす、ぶっ飛んだキャラクターを気持ちよさそうに演じている。

 さらにバンコクのトランスジェンダーに扮したパク・ジョンミンの怪演、さらに東京のシーンでは白竜、豊原功補も出演する。豪華な顔ぶれというべきだろう。

 アクション全開! ロケーション効果も満点の韓国ノワール。展開の派手さも含めて正月映画にふさわしい。