『モンタナの目撃者』は殺人者と森林火災が迫り来る、シンプルでスリリングなサヴァイヴァル・サスペンス!

『モンタナの目撃者』
9月3日(金)より、TOHOシネマズ日比谷、新宿ピカデリーほか、全国ロードショー
配給:ワーナー〃ブラザース映画
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公式サイト:https://wwws.warnerbros.co.jp/mokugekisha/

 アクションやサスペンス作品の担い手で、その名を見いだすと無条件に食指を伸ばしたくなる存在がいる。昔で言えばロバート・アルドリッチやサム・ペキンパー、マイケル・マンあたりの匠たち。近年ではテイラー・シェリダンの名をまず挙げたくなる。

 シェリダンは俳優出身。まず脚本家として注目を集めた。政府と犯罪組織のメキシコ国境の攻防を描いたドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作品の『ボーダーライン』、テキサスの片田舎で不況にあえぐ農場主たちに焦点を当てたデヴィッド・マッケンジー監督の『最後の追跡』。この2本の脚本を生み出したシェリダンは、現代アメリカで顧みられない、“辺境”という社会派的な題材をアクションのなかに浮き彫りにしたことで高く評価された。『最後の追跡』はアカデミー脚本賞にノミネートされたほどだ。

 シェリダンはここに、自ら監督を務めた、極寒のネイティヴ・アメリカン居留地を背景にした『ウインド・リバー』を加えて、“辺境”三部作と名付けた。あくまでもアクション、犯罪ドラマの面白さを追求しながら、骨太のストーリーラインでアメリカ社会の抱えた格差、貧困、差別を紡ぐ。シェリダンのこの姿勢に好感を覚えた。

 本作はシェリダンの『ウインド・リバー』に続く監督第3弾となるが、シェリダンのオリジナルストーリーではない。私立探偵や新聞記者の経験もある作家マイケル・コリータのベストセラー・ミステリー小説の映画化。原作者自身の脚色台本をもとに、『ブラッド・ダイヤモンド』のチャールズ・リーヴィットとともに、映像化に適した脚本にまとめ上げていった。そのせいか、社会派的な題材よりも、スリリングな追跡劇と大火災をメインに据えたストーリーを徹底させてみせる。

 主演は『トゥームレイダー』や『マレフィセント』などでお馴染みのアンジェリーナ・ジョリー。ここでは等身大の女性像、トラウマを抱えた森林消防隊員を熱演する。

 共演には『X-MEN』シリーズや『トールキン 旅のはじまり』などで注目のニコラス・ホルト、オーストラリア出身でこれが映画デビューとなるフィン・リトル、テレビシリーズ「ゲーム・オブ・スローンズ」で知られるエイダン・ギレン。『ゴーン・ガール』のタイラー・ペリー、『ミッドウェイ』のジェイク・ウェバー、そして『ウインド・リバーのジョン・バーンサルなど、個性派が居並ぶ。

 森林消防隊員のハンナは、過去に火災から子供たちを救えなかったトラウマを抱えて生きていた。

 一方、重要な証拠を握っているために、殺し屋から追われる父子オーウェンとコナーがいる。逃げ回る父子は冷酷な殺し屋ジャックとパトリックから逃げ回るが、ふたりの襲撃を受け、オーウェンは殺されてしまう。残されたコナーは父親が命をかけて守りぬいた“秘密”を握って何とか逃げ延びる。

 彷徨っているコナーを発見したハンナは、事情を知るにつれてコナーを守り抜くと心に決める。しかしモンタナの山中で暗殺者たちが刻一刻とふたりに近づいていた。

 そして未曾有の山林火災が立ちはだかる。彼らの行く手を阻む暗殺者と巨大な炎。ハンナは迫りくる暗殺者たちと自然の猛威という極限状態と戦い、コナーを守り抜くことができるのか――。

 ストーリーはシンプルな追跡劇に徹底している。ハンナとコナーのふたりが、冷徹で優れたハンター能力の殺し屋たちからいかに逃れるかという興味で引っ張っていき、クライマックスには山林火災が加わる。殺し屋たちが非情で知恵が働くプロであることを随所に散りばめながら、シェリダンはふたりが捜索の輪をじわじわと狭めていくプロセスをスリリングに綴っていく。依頼された仕事をやりぬく、子供でも容赦しない行動ぶりがサスペンスを煽り、否が応でも緊張感を高める仕掛けだ。

 これまでのシェリダン作品と同じく、ここでは森林生い茂るモンタナの山岳地帯というアメリカの“辺境”を浮き彫りにする。人も寄り付かない原生林をリアルに活写することで大自然に対する畏怖の念を高める戦略だ。

 さらに火災。昨今、世界各国で山火事のニュースが伝えられるが、メラメラと燃え上がる森林の恐怖がグイグイとクライマックスを疾走する。シェリダンは一気呵成の語り口で、ハンナとコナーの行動に寄り添い、ハンナのトラウマからの克服と成長を紡ぐ。

 俳優たちはいずれも好もしい。アンジェリーナ・ジョリーはスーパーヒロイン的イメージを封印して人間味あふれる女性像に挑戦して、頑張っているが、圧倒的に素晴らしいのが殺し屋ジャックに扮したエイダン・ギレンとパトリック役のニコラス・ホルトだ。ギレンがどこまでも賢く冷徹なコンビのリーダーを演じれば、ホルトは射撃の名手を気持ちよさそうに演じている。主演作もあるニコラス・ホルトにあえてこの役を振った製作陣のセンスの良さと、期待に応えて悪に徹した彼の意気に拍手を送りたくなる。ギレンの冷酷ぶりも拍手パチパチものだ。悪役が輝かないとこの手の作品は面白くならない。

 決して派手なアクションではないが、てきぱきした語り口が嬉しい作品。シェリダンの次作がひたすら楽しみになる。