『返校 言葉が消えた日』は台湾の暗黒史にあえて目を向けた、誠実で胸に迫る恐怖映画!

『返校 言葉が消えた日』
7月30日(金)より。TOHOシネマズ シャンテ、   TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国ロードショー!
配給:ツイン
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公式サイト:https://henko-movie.com/

 小説やコミックの映画化作品はもはや当たり前。近年はゲームソフトをもとにした作品も目立つようになってきた。やはり『バイオハザード』シリーズの成功が大きいのだろう。近年では『モンスターハンター』や『モータル・コンバット』などのアクションゲームの映像化が増えている。

 本作は台湾で大ヒットしたホラーゲーム「返校 -Detention-」をもとに製作された。なにより本作は、1989年にホウ・シャオシェンが『悲情城市』で描き、1991年にエドワード・ヤン監督が『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』という傑作で紡いだ台湾の暗黒時代、40年の長きに渡った“白色テロ時代”を背景にしていることが話題である。

 台湾の人々にとっては思い出したくもない歴史といえばいいか。日本の植民地から脱したにもかかわらず、政権を握った蒋介石率いる国民党が1947年以降戒厳令を敷き、反体制派に対して徹底的政治的弾圧を行った。国民に対しては相互監視と密告を強制し、多くの人々が投獄され、処刑されたのだ。40年間に及ぶこの時代は、いわば負の歴史として秘められてきたといってもいい。

 本作の監督ジョン・スーはゲームがリリースされた日にゲームをクリアし、そのメランコリックで美しいストーリーに強く心を動かされたという。原作の精神に忠実に映画化したいとの思いのもと、ゲームの底流に流れる“感情の遍歴”というテーマを貫く決心をする。同時に、ゲームの情報を取捨選択、ゲームの政治的な面と歴史的な面に焦点を当てることにした。迫害事件の謎解きと、自由と青春を奪われた若者たちのドラマを交錯させていった。脚本には「人面魚 THE DEVIL FISH」のチエン・シーケンと女性脚本家フー・カーリンも参加して、ジョン・スーの目指す映像世界を構築している。

 本作は2019年に公開されるや、台湾映画のNo.1大ヒットを記録。興行面のみならず、批評的にも高く評価され、台湾のアカデミー賞に当たる第56回金馬奨において最多12部門でノミネート。新人監督賞、脚色賞、視覚効果賞、美術デザイン賞、歌曲賞の最多5部門受賞を成し遂げた。

 出演は14歳で小説家としてデビューし、女優としても活動するワン・ジンがヒロインを演じ、相手役にはオーディションを勝ち抜き、これが映画初出演となる期待の若手俳優ツォン・ジンファ。さらにフー・モンボー、チョイ・シーワン、リー・グァンイー、パン・チンユー、チュウ・ホンジャンなど、日本ではなじみが薄いが実力派が揃えられている。

 1962年、戒厳令下の台湾では、人々が自由を求めることは重罪とされ、相互の監視と密告が義務とされていた。

 親の不和に心を痛め、精神的に不安定となった高校3年生のファンは、生徒指導のチャン先生に悩みを打ち明けるうち、恋心を抱くようになった。

 ある日、いつのまにか寝てしまった彼女は、誰もいない教室で目覚めた。校内をさまよううち、後輩の男子生徒ウェイと出会う。

 一緒に学校から脱出しようとするふたりだが、悪夢のような忌まわしい光景が次々と降りかかる。出口のない世界から逃れ出る術はあるのだろうか――。

 いかに地獄から抜け出るかという、どちらかといえばシンプルな展開だが、そもそもの現実からして、相互監視の疑心暗鬼世界だ。息が詰まるような閉塞感に覆われた状況のなか、純真な高校生やリベラルな教師は自由を求めて、秘密裏に禁止された本を読み、思索を深めようとするが、密告を奨励する兵隊たちが闊歩し、我が物顔に取り締まる。この現実と、迷い込んでしまった異世界はどれほどの違いがあるのか。ジョン・スーはストレートに当時の出口なしの恐怖を浮かび上がらせる。

 恐怖をあおる趣向を散りばめつつ、そもそも事件を引き起こした犯人は誰なのかという謎解きと、それでも懸命にあえぐ若者たちの切ない心情を交錯させてみせる。恐怖映画という枠を超えて、登場人物に共感を抱くようになる。多少、ストーリーがシンプルに過ぎるという声も出そうだが、40年も続いた“白色テロ時代”という現実がなによりもホラブルだという事実は画面にくっきりと焼きつけられている。

 ヒロインを演じたワン・ジンがとても魅力的だ。両親の不仲に心は千々に乱れ、わずかな安らぎを年上の教師への思慕で得ている、危うさを内包した多感な少女を、存在感豊かに演じている。内に秘めた感情を押さえた表情が印象的で、まさしくこのキャラクターにピッタリとはまっている。

 見終わって、やるせなさに包まれる仕上がり。台湾という国の歴史に思いを馳せる。台湾の人々の翻弄された日々を想うと、胸が痛くなる。日本人もその一端を担っていたのだ。心してご覧いただきたい。