『海辺の家族たち』は市井の人々を描き続けるロベール・ゲディギャンの心優しきヒューマンドラマ。

『海辺の家族たち』
5月14日(金)より、 キノシネマほか全国順次ロードショー
配給:キノシネマ
© AGAT FILMS & CIE – France 3 CINEMA – 2016
公式サイト:https://movie.kinocinema.jp/works/lavilla

 知名度はそれほど高くないが、ロベール・ゲディギャンは、一貫してマルセイユの市井の人々の人生を描き、そこからさまざまな社会問題を浮かび上がらせながら、人生を謳歌した作品を紡ぎ続ける映画監督だ。

 アルメニア人の父親とドイツ人の母親の間にマルセイユで生まれたゲディギャンは、マルセイユを舞台にすることにとことん拘っている。「地域に密着してこそ、グローバルな世界が描ける」というのが彼の主張だ。あくまでもマルセイユの社会状況を根本において、人々の生活に根差した哀歓、心情を浮き彫りにする。当然ながら、作品を生み出した時代の抱える社会問題がストーリーを彩る要素となることは言うまでもない。

『マルセイユの恋』をはじめ、決して派手ではないが胸に沁みる作品を生み出し続ける彼が2016年に発表したのが本作である。

 しかもゲディギャンは常に出演者も気心の知れた仲間で固めている。本作もその姿勢は変わることがない。

 彼のミューズであるアリアンヌ・アスカリッドは学生時代にゲディギャンと出会い、彼の監督デビュー作『Dernier été』でヒロインを好演。以来、彼とともに歩み続け、『マルセイユの恋』(96)でセザール賞主演女優賞を受賞するなど女優として大成した。

 同じくジャン=ピエール・ダルッサンもゲティギャン作品の常連だ。『ロング・エンゲージメント』や『ル・アーヴルの靴磨き』などでも個性を発揮しているが、やはり『マルセイユの恋』の演技が忘れ難い。ジェラール・メランも『マルセイユの恋』と、『キリマンジャロの雪』の出演で気心は知れているし、ジャック・ブーデは『マルセイユの恋』、アナイス・ドゥムースティエは『キリマンジャロの雪』に引き続いての起用となる。

 このキャスティングのもとで紡ぐのは、2010年代を生きるある家族の葛藤とささやかな希望。いかにもゲディギャンらしい、心の機微を突く細やかなストーリーである。

 かつては栄えたマルセイユに近い入り江で、レストランを営んできた男が倒れ、子供たちが集まることになる。

 娘で女優として知られるアンジェルは20年ぶりに戻ってきた。この地で娘を失って以来、足を向けなかったのだが、親の不幸に際して来る破目になった。出迎えたのはレストランを継いでいる長兄アルマンと、皮肉っぽい次兄のジョゼフ。もはやコミュニケーションが取れない父を前に、アンジェルは忌まわしい過去の恨みをぶつける。

 アルマンは父の看護とレストランの経営を両立できない苦しさに喘いでいたし、ジョゼフは若い恋人に別れを切り出されて岐路に立たされている。

 この兄弟の葛藤は、彼らにゆかりの近所の住人、アンジェルに憧れる若い漁師を巻きこんでいく。家族としての絆は20年前に切れたはずだった。それを今になって再確認した彼らに、入り江に辿り着いた難民の子供たちの存在が迫ってきた――。

 どんなに思いあっていても、素直に感情を表すことが難しい状況がある。この家族の場合はアンジェルの娘の悲劇がそれぞれの心に大きなしこりとなって立ち塞がる。信頼する家族だから娘を任せたのに、それが仇となった彼女のやり場のない怒り、悲しみ。家族はそれを知るだけに成す術もない。

 こうした緊張関係にある家族が父の看護のために実家でともに暮らすうちに、過去の記憶が蘇ってくる。若い頃の溌溂とした記憶、兄妹が互いに抱いた思いを再確認することにもなるのだ。

 そうした家族間の葛藤と呼応するかのように、老いた隣人夫婦も黄昏を迎えた決断が重くのしかかってくる。人間はいつまでも同じではいられない。思いに囚われていることの空しさを感じ始めた兄妹の前に、海を渡ってきた難民の子供たちが姿を現す。

 ゲディギャンはこの家族の葛藤を軸にしながら、フランスの置かれている社会状況を浮かび上がらせる。人情に溢れた古き佳き環境は次第に忘れ去られ、拝金主義がまかり通る現実をさりげない描写から明らかにしている。監督が愛する、人情に溢れた世界はもはや失われようとしている。

 もちろん、現在のフランスでも難民問題を抜きにして語ることはできない。ゲディギャンは難民を子供たちにすることによって、希望を見いだそうとしている。難民の流れを抑え込めないとしたら、次代の存在として前向きに扱おうと考えているようだ。

 出演者はみごとなアンサンブルを奏でている。アンジェルに扮したアリアンヌ・アスカリッドは悲しみと怒りに燃えた女性として登場し、人間としての希望を抱くようになるまでの過程をくっきりと演じてみせる。ジョゼフ役のジャン=ピエール・ダルッサンは心優しい皮肉屋を好演。アルマン役のジェラール・メランは余裕のない長兄アルマンを過不足なく演じている。また隣人役のジャック・ブーデ、ジョゼフの恋人役のアナイス・ドゥムースティエも心に残る演じっぷりだ。

 年齢を重ねるにつれて世界が見えてくる。マルセイユを描くことで世界を俯瞰するロベール・ゲディギャンの、コロナ禍以前のヒューマンドラマ。これは一見の価値はある。