『アメリカン・ユートピア』はデイヴィッド・バーンのステージをスパイク・リーが映像に仕立てた素敵な音楽映画!

『アメリカン・ユートピア』
5月28日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、渋谷シネクイントほか全国ロードショー公開中
配給:パルコ
©2020 PM AU FILM, LLC AND RIVER ROAD ENTERTAINMENT, LLC ALL RIGHTS RESERVED
公式サイト:http://americanutopia-jpn.com/

 デイヴィッド・バーンといえば、伝説的バンド“トーキング・ヘッズ”のフロントマンのイメージが鮮烈に記憶に残っている。卓抜した音楽センスと鋭い批評精神のもとでユニークなナンバーを次々と生み出し、1980年代の音楽シーンを牽引した。当時からエッジの利いた存在だったわけだ。

 バーンは映像に対する興味もあり、ジョナサン・デミが“トーキング・ヘッズ”のライブを映像化した『ストップ・メイキング・センス』(1984)がコンサート映画の傑作と称えられたことにも触発されたか、1986年には『デヴィッド・バーンの トゥルー・ストーリー』を監督・脚本・出演。カルト的な人気を博した。

 その後も『ラストエンペラー』(1987)の音楽を、坂本龍一、スー・ソンと共同で担当してアカデミー賞に輝いたことも特筆に値する。以後もジョナサン・デミの『愛されちゃってマフィア』(1988 )を皮切りに、ポール・オースターの『ブルー・イン・ザ・フェイス』(1995)やデヴィッド・マッケンジーの『猟人日記』(2003)などに音楽で参加、さらにパオロ・ソレンティーノの『きっと ここが帰る場所』(2011)には音楽のみならず出演もしていた。

 ミュージシャンとしてはほぼ3年周期でアルバムをリリース。年齢を重ねるにしたがってアイロニーを増し、旺盛な創作意欲はいささかも衰えていない。

 本作は2018年に発表したバーンのアルバム「アメリカン・ユートピア」を原案にしている。バーンはこのアルバムのワールドツアーを行なった後、ブロードウェイのショーとして再構築した。

 バーン自身は映像化することを強く望み、2018年の『ブラック・久ランズマン』でアカデミー脚色賞を獲得したスパイク・リーに白羽の矢を立てた。リーはショーを見て出来ばえに感心し監督を快諾。リーは“トーキング・ヘッズ”の初期の頃のファンだったというが、ふたりのコラボレーションはちょっと意外な感じもする。

 リーはショーをみていくうちに、カメラの動きさえ考えれば作品として成立すると思ったという。それぐらい完成度が高かったというわけだ。ただショーは2019年秋にスタートして大評判になったが、2020年からの世界的コロナ禍のために再演は幻となった。

 このステージはデイヴィッド・バーンを中心に、カナダ出身のジャクリーン・アセヴェド(パーカッション)をはじめ、11人のメンバーで構成されている。

 ブラジル出身のグスターヴォ・ディ・ダルヴァ(パーカッション)に、ニューヨーク出身のダニエル・フリードマン(パーカッション)。ニュージャージー州出身のクリス・ギアーモ(ダンス/ヴォーカル)、同じくニュージャージー出身のティム・カイバー(パーカッション)。ジョージア州出身のテンデイ・クーンバ(ダンス/ヴォーカル)にカリフォルニア州出身のカール・マンスフィールド(キーボード/バンドリーダー)、ブラジル出身のマウロ・レフォスコ(パーカッション/ドラム・セクション・リーダー)。さらにフランス出身のステファン・サン・ファン(パーカッション)、ウィスコンシン州出身のアンジー・スワン(ギター)、イリノイ州出身のボビー・ウーテン・3世(ベース)まで、個性豊かな面々が選りすぐられている。

 メンバー全員がグレーの揃いのスーツで、各自の楽器を携えて登場し、ステージいっぱいに動き回る。そこには機材やアンプもない。どこまでもシンプルな舞台構成のなかで、バーンと11人はマーチングバンド形式で圧倒的な演奏を繰り広げるだけでなく、呼吸のあったダンス・パフォーマンスを披露する。

 演じられるのは「アメリカン・ユートピア」に収められた5曲に加え、“トーキング・ヘッズ”時代の楽曲を合わせ21曲。途切れることのない構成で、バーンが軽妙に司会をしつつ、スピーディかつダイナミックに舞台が展開する。

 バーンと11人の仲間たちは、驚きのチームワークをみせる。冒頭から最後までひと時も目が離せない。それぞれのメンバーの個性を縦横に活かしたステージング。踊りながら、行進しながら圧巻のパフォーマンスを繰り広げていく。

 2019年はドナルド・トランプが人種間の分断を鮮明にした頃。バーンはこの混迷と分断の時代を知性とユーモア、怒りと悲しみを込めて歌い、心ある人々に”ユートピアに導かんとする。

 なかでも圧巻なのはジャネール・モネイの「HELL YOU TALMBOUT」を熱唱するクライマックスだ。人種憎悪の犠牲になった人々の名を上げプロテストするステージを見て、スパイク・リーが引き受けた理由も分かった気がする。リーは時に天井から舞台を捉える、往年のバスビー・バークレー風のショットを交えつつも、全体としてはシンプルにステージの魅力を映像に焼きつけている。

 この世界はユートピアではないが、実現できる可能性も少しはある。デイヴィッド・バーンは大統領選の前だから、あえてポジティヴなメッセージを残した。トランプ敗退後の世界はコロナ禍で覆われているが、バーンの夢みるユートピアは来るのか。全編107分、これは音楽映画ファンならずとも必見といいたくなる。