『ミナリ』は、韓国系アメリカ人が自らの大地を得るために苦闘する姿を描いた、静かな感動を呼ぶ秀作。

『ミナリ』
3月19日(金) TOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー
配給:ギャガ GAGA★
©2020 A24 DISTRIBUTION, LLC   All Rights Reserved.
公式サイト:https://gaga.ne.jp/minari/

 2021年2月28日(現地時間)に発表されたゴールデン・グローブ賞で外国語映画賞を獲得した作品である。

 現在、最も意欲的なアメリカ映画を送り出すスタジオA24とブラッド・ピット率いるPLAN Bがタッグを組んだアメリカ作品にも関わらず、交わされるセリフの半分以上が韓国語のために外国語映画賞でのノミネーションとなった。サンダンス映画祭の作品賞、観客賞のダブル受賞をはじめ、数々の賞に輝いてきただけに、ゴールデン・グローブのこの判断は大きな論議を呼ぶことになった。

 もちろん、こうした経過は作品の価値をいささかも傷つけはしない。むしろ、4月25日(現地時間)に延期されたアカデミー賞が楽しみになってくる(ノミネート発表は3月15日)。昨年の『パラサイト 半地下の家族』に続く快挙が成されるのか。興味津々である。

 本作は、韓国系アメリカ人監督、リー・アイザック・チョンの体験をもとにした半自伝的なストーリーという。幼い娘に語り継ぐ家族の物語として、彼自身の少年期に起きた思い出を書きだし、脚本化していった。広大なアメリカの大地と格闘し、苦しみながら自らの生活を切り開いた家族を称える意図があった。

 この企画に乗ったA24とPLAN Bは、単なる韓国系アメリカ人家族の話ではなく、さまざまな地域からアメリカに移民してきた人々が共感しうるストーリーと捉えたという。かくして、これまで3本の長編作品と1本のドキュメンタリーで高い評価を得てきたリー・アイザック・チョンにとっては大きなチャンスとなった。

 自らの脚本を手がけるにあたって、リー・アイザック・チョンはキャストに万全を期した。父親役に『バーニング劇場版』のスティーヴン・ユァン。テレビシリーズ「ウォーキング・デッド」シリーズに出演していてアメリカでの認知度は高い。母親役には『海にかかる霧』のハン・イェリ。祖母は『チャンシルさんには福が多いね』のユン・ヨジュンが演じる。

 子役には子供ブランドのモデルであるアラン・キム、プロの俳優としての仕事は初めてのネイル・ケイト・チョーが初々しい存在感をみせれば、『追いつめられて』や『アルマゲドン』で際立った個性をみせたウィル・パットンが信仰に生きる農夫に扮して画面をさらう。それぞれがみごとなアンサンブルをみせている。

 アメリカ南部アーカンソー州オザーク高原に韓国人移民の4人家族がやってくる。何もない土地にうち捨てられたトレーラーを前にして、父ジェイコブはここが我が家だと宣言する。

「約束が違う」と抗議する妻モニカを無視して、ジェイコブは長女のアン、弟のデビッドに大きな農園をつくることを約束する。

 翌日、ジェイコブとモニカは村の孵卵場に行き、ひよこの雌雄鑑別に従事する。ジェイコブはこの仕事をカリフォルニアで10年も続けてきた。いつか農業で成功することを夢みて、この地にやってきたのだ。

 だがデビッドは心臓に病を抱えていた。病院からも遠いこの地に住むことを反対するモニカを、韓国からモニカの母を呼び寄せることで納得させた。

 モニカの母は字も読めず、毒舌家で料理も苦手。デビッドに花札を教えて仲良くなっていく。

 ジェイコブの畑は、変わり者の雇い人ポールの頑張りもあって野菜が実を結び始める。地下水が枯れる危機に一喜一憂しながら、少しづつ成果も見えてきた。土地の近くにある川のほとりに、モニカの母はミナリ(セリ)の種を植えた。

 だが、モニカの母が倒れ、実を結んだ野菜も納品先からキャンセルされてしまった。ジェイコブとモニカの仲に決定的な亀裂が入るが、さらに家族の絆を試すかのような大きな試練が待ち受けていた――。

 波乱万丈、起伏に富んだストーリーが展開するわけではない。農業に夢を託した夫についていくしかない妻、従う子供たち。いかにも韓国的な家長が引っ張る構図のなかで、過酷な現実が立ち塞がる。どこか夢見がちな夫を危ぶみながらも、妻は従うのみ。淡々とした日常が描かれるなか、夫と妻の緊張関係が映画のサスペンスとなってグイグイと惹きつけられていく。

 リー・アイザック・チョンの演出は繊細で誠実。農家の日常をきめ細かく紡ぎつつ、過不足のない語り口で家族に起こる心の波風をきっちりと浮かび上がらせる。一方で、何もなかった土地が耕され、少しづつ農地と変貌していく過程を押さえて、ジェイコブの“自分の土地”をつくるという思いの強さも描き、彼の行動に引きずられざるをえない家族の姿を補強する。

 モニカの母と孫のユーモラスなやり取りをふくめ、家族それぞれの思いを紡いでいる。見る者はこの家族に次第に応援したくなるが、クライマックスの衝撃が待ち受けている。平凡な開拓の話は家族それぞれの気持ちが焼きつけられていくにつれ、輝きを帯びてくる。アメリカで絶賛されたことも頷ける、まことに巧みな構成である。

 監督の思いを理解して出演者はいずれも素晴らしい存在感を披露する。スティーヴン・ユァンが夢にかける一徹な父親を熱演すれば、ハン・イェリは夫の無謀さに批判的な眼差しを向けながら、それでも家庭を維持しようとする妻を印象深く演じ切る。なによりもユーモアを交えながら祖母を演じたユン・ヨジュンのうまさが光る。加えてアラン・キムとネイル・ケイト・チョーが大人たちの行動に左右される子供の哀しみを素敵に映像に焼きつける。この家族を演じた全員が圧倒的な存在感だ。

 さらに忘れてはいけないのはポールを演じたウィル・パットンの怪演だ。いかにも田舎にいそうなキリスト教に凝り固まったキャラクターを有無を言わさぬ迫力で見せつける。これまで彼が演じてきたキャラクターとは正反対。アメリカの庶民のひとつの典型を表現している。

 農地を耕す家族をみつめた好もしい作品。アカデミー賞に輝くかどうか、占いながら鑑賞するのも一興だ。