『ハミングバード』は、アクション・ヒーローを演じ続けるジェイソン・ステイサムがリアルなキャラクターに挑んだ注目作。

メイン_(C)2012 Hummingbird Film Investments LLC
『ハミングバード』
6月7日(土)より、新宿バルト9ほか、全国ロードショー
配給:ショウゲート
©2012 Hummingbird Film Investments LLC
公式サイト:http://www.hummingbird-movie.jp/

 

   ジェイソン・ステイサムは“21世紀のアクション・スター”との呼び声が高い。
   確かに、1998年にガイ・リッチー監督作『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』で映画デビューして以来、『スナッチ』や『ミーン・マシーン』といった男臭い作品をこなし、リュック・ベッソン製作・脚本の『トランスポーター』でブレイク。きな臭い事件に飛び込む“運び屋”の痛快無比な活躍を体現して、一躍、認知されるに至った。
『トランスポーター』がシリーズ化されるのに呼応して、興奮し続ける『アドレナリン』や、リメイク作品『デス・レース』などで個性炸裂。水泳の高飛び込み選手として鍛え上げた肉体と精悍なマスクで人気が高まった。鍛錬を重ねてスタントもできるだけ自分でこなすことも、ファンから好感をもって受け止められている。2010年には新旧アクション・スター総出演の『エクスペンダブルズ』に出演したことで、名実ともにアクション・スターの仲間入りを果たした。
 基本的には、アメリカでは能天気で凄まじく強いキャラクターで起用されることが多く、本国イギリスでは多少、ひねったキャラクターにも挑戦してみせる。俳優として棲み分けている印象だ。近年、とみに作品数が増え、同じような内容のわりに好感度が衰えていないのは、俳優としてのスキルを磨き続けているからに他ならない。
 本作は、ステイサムにとっては演技を培う格好の機会となった。演じるのは、アフガニスタン従軍時に引き起こした罪で心に傷を負った元特殊部隊の軍曹。イギリスにもどっても心の傷は癒えず、家族と別れてホームレスになってしまっている、いわばアンチ・ヒーローだ。その彼が街角で心を通わせた少女のために、戦う本能を蘇らせる展開となる。
 脚本・監督を務めるのは『堕天使のパスポート』でアカデミー脚本賞にノミネートされたスティーヴン・ナイト。テレビの世界で脚本の才を育んだ彼は、デヴィッド・クローネンバーグの『イースタン・プロミス』でも高い評価を受けている。本作は念願の監督デビュー作であると同時に、『堕天使~』、『イースタン~』に続く“ロンドン裏社会3部作”の最終章となるものとなる。市井のおよそストーリーになりにくい対象に目を据えて、スリリングなドラマを構築していく。ここではロンドンのホームレスに元兵士が多い事実、ロンドンの同じ地域に裕福な人々とホームレスが住んでいる矛盾を明らかにしながら、格差の問題や拝金主義、戦争の傷などを織り込んだストーリーに仕上げている。まこと社会派的な視点を持った存在なのだ。
 ナイトは、ステイサムが兵士になる確率の高い労働者階級の出身であることも起用の大きな動機になったと語っている。ステイサムも“キャリアのなかで最高のキャラクター”とコメントしているが、なるほどリアルな葛藤を内包した役柄だ。
 共演は、ポーランド出身で『レンブラントの夜警』にも出演したアガタ・ブゼクに『ワンダーラスト』のヴィッキー・マクルア、『プロメテウス』のベネディクト・ウォンなど、あまりなじみのない顔ぶれで選りすぐられている。これが逆にリアルさを際立たせることとなっている。スタッフは、プロダクション・デザインが『ラストキング・オブ・スコットランド』のマイケル・カーリン、撮影が『ミッション』をはじめ『ローカル・ヒーロー/夢に生きた男』など数々の名作で知られるクリス・メンゲスと、充実した布陣となっている。

 2月、厳冬のロンドン。街角でホームレスをしていたジョゼフ・スミスは、ギャングの下っ端に襲撃され、いっしょに暖をとっていた少女が拉致される。抵抗するものの追われ、高級アパートの一室に逃げ込む。そこの住人が10月まで戻らないと知ったスミスは、キャッシュカードと服を拝借して、新たな生活を送ろうとする。
 かつてスミスはアフガニスタンで特殊部隊の軍曹として従軍。仲間を殺された怒りから、アフガニスタン人を殺した過去に苦しめられていた。スミスは自分の行状を無人偵察機ハミングバードに記録されていたと頑なに信じ、妻子を捨ててホームレスとなっていたのだ。
 ホームレスに炊き出しをしているシスター・クリスティーナに少女の消息が不明だと聞いた彼は、街中にチラシを貼ると同時に、別人格となってレストランの厨房で働き始める。
 スミスは酔客を叩きのめしたことをきっかけに、裏社会を仕切る中国人に雇われて汚れた仕事に手を染めていく。
 彼は金を妻子に送り、親切にしてくれたシスターに近づくが、拉致された少女は死体で発見される。ギャングに売られ、コールガールになっていた彼女に悪い客がついたのだ。真相をつかんだスミスは復讐を開始する――。

 ナイトはホームレスたちにリサーチをかけ、その1割が元兵士であること知って、このストーリーを育んだとコメントしている。戦いという極限状態に身を置いたことから普通の生活に戻れなくなった悲劇。こうした存在はこれまでの映画ではあまり描かれてこなかった。これまでの作品でロンドンにおける移民たちやロシアン・マフィアなど、他人が扱わない題材を選んできたナイトにとっては、まさに恰好の素材だ。
 怒りをため込んだヒーローがクライマックスで爆発するという、ストーリー的にはむしろ古典的な展開だが、無人偵察機に見張られていると信じる主人公の妄執とロンドン社会のリアルな様相を織り込むことでスパイスを利かせている。コヴェント・ガーデン、ソーホーをはじめよく知られた街角でロケーションを敢行。リアルな映像に仕上げたことで、ナイトの社会を見つめる思いはさらに際立つことになった。
 もちろん、ステイサムが主演するのだから、アクションのカタルシスも存分に味わえるものでなくてはならない。そのあたりはナイトも十分に心得ていて、ロンドンの底辺、裏社会を活写するなかで、リアルなファイティング・シーンも散りばめている。ロンドンという街を雰囲気十分に切り取ったクライム・ドラマと形容したくなる所以だ。

 出演者ではステイサムが不安定なヒーローを懸命に演じている。あまり器用なタイプではないし、演技もストレートながら、そのぶっきらぼうなパフォーマンスがかえって好感を覚える。脇役陣もいかにも街角にいそうな容貌の持ち主ばかりで、シスターに扮したブゼクも美人過ぎないのがいい。

 ステイサム作品は今後も、8月にシルヴェスター・スタローン製作・脚本の『バトルフロント』が待機し、11月には『エクスペンダブルズ3』が待ち受けている。一味、違うステイサムを楽しむのも一興。注目されたい。