
4月10日(金)より、TOHOシネマズ日本橋、TOHOシネマズ シャンテ、109シネマズプレミアム新宿ほか、全国ロードショ―
配給:パルコ ユニバーサル映画
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公式サイト:hamnet-movie.jp
4月3日に劇場公開された『ザ・ブライド!』でブライドを演じ、弾け切ったパフォーマンスで見る者を惹きこんだジェシー・バックリーの、圧倒的な演技力で組み伏せたヒューマン・ドラマが早くも登場した。
バックリーが演じるのは、世界に冠たる戯曲家ウィリアム・シェークスピアの妻アグネス。今まで語られることの少なかった存在だが、北アイルランド出身の作家マギー・オファーレルが2020年に発表した『ハムネット』を基にしている。
原作は発表されるや高く評価され、映画化に多くの人々が名乗りを上げた。そのなかにはサム・メンデスやスティーヴン・スピルバーグなども加わっていた。
映画化が決定し。監督に抜擢されたのはクロエ・ジャオ。北京で生まれ、ロンドンの寄宿学校に通った後にニューヨーク大学で映画製作をはじめた。日本でも知られるようになったのは2020年の『ノマドランド』からで、ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を手中に収め、第93回アカデミー賞で作品賞、主演女優賞、監督賞を獲得、一躍、クロエ・ジャオの名を幅広く知らしめた。
もっともジャオは立て続けに『エターナルズ』の監督を任されたが今ひとつ相性が良くなかったようだ。生真面目な性格が災いし、ストーリーを詰め込み過ぎたとの声もあった。
本作は題材的にもジャオにふさわしい。原作者オファーレルとともに脚本に名を連ね、16世紀の世界をきっちりと再現。愛と悲しみのドラマをみごとに浮かびあがらせてみせる。
製作総指揮にも名を連ねるジャオは、なにより実力あるキャスティングが重要であることを肝に銘じていた。
ヒロイン、アグネスには当時、注目のバックリーが選ばれた。彼女にとっては『ウーマン・トーキング 私たちの選択』に次いで個性を発揮させるキャラクター。神秘的な要素をはらみながら、女性の喜び悲しみを体現できる役柄である。女性としての奥行きの深さ、母性を映像に焼き付けるだけの資質の持ち主しか演じ切れない。まさに女優としての技量のすべてが求められるキャラクターに最もふさわしいとジャオは感じたという。
ウィリアム・シェークスピアには『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』のポール・メスカル。さらに『奇跡の海』の名優エミリー・ワトソン、『女王陛下のお気に入り』のジョー・アルウィンが名を連ねる。
1580年、イギリスの小さな村で語学を教えているウィリアム・シェークスピアはひとりの女性を見初める。
森を愛し、鷹を操る、不思議な力を持つ女性アグネス・ハサウェイ。彼女もまたシェークスピアに惹かれる。
結婚したふたりは、3人の子どもに恵まれる。
ウィリアムはロンドンで行って劇作家として名を成すために奮闘し、アグネスが独りで子どもたちを守り、家を支えていた。
だがイギリスにペスト禍が襲い掛かり、アグネスの村も例外ではなかった――。
クロエ・ジャオの抑制された語り口が自然とともに生きてきた女性アグネスの生き方を細やかに綴る。孤独を恐れずに自分の生き方を貫いてきた女性が恋に落ち、反対を押し切って結婚という選択をする。アグネスは懸命に家族を護り、夫を盛り立てる。それが病禍ゆえに、最愛の存在を失ってしまう。深い緑なす森、存在感のある自然を背景に、ジャオは静かにアグネスの不幸を語りかける。決して葛藤のドラマがあるわけではない。ある種の諦観をもって生と死を受け入れるしかないことを紡ぎ出す。
アグネスは最愛の息子ハムネットを喪う。心に深く刻まれた痛み、絶望、悲しみがやがて自分だけではないと知る。ジェシー・バックリーの圧倒的な演技が、見る者に深い感動をもたらす。この演技をみせられれば、アカデミー主演女優賞も当然と思わせる。
バックリーはアグネスの多彩な表情をみごとに演じ切る。見る者の共感をつかみだし、感情を露わにする。映画の進行とともにアグネスというキャラクターにグイグイと魅せられていくのだ。
クロエ・ジャオの視点はアジア的と表現すればいいか。死生観、自然観のいずれもが日本人である私たちの深奥にすっと収まる。「エレジー」と呼びたくなる。
ポール・メスカルもエミリー・ワトソンもジェシー・バックリーの熱演をさりげなくサポートしてみせる。心の奥に触れるドラマとしてお勧めしたい。これは素晴らしい仕上がりである。