『ニューヨーク 親切なロシア料理店』は、不寛容な時代なればこそ触れ合いが大切だと教えてくれる人間喜劇。

『ニューヨーク 親切なロシア料理店』
12月11日(金)より、シネスイッチ銀座、シネマカリテ 、YEBISU GARDEN CINEMAほか、全国順次ロードショー
配給:セテラ・インターナショナル
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公式サイト:http://www.cetera.co.jp › NY

 他人に対する興味や思いやりが失われた社会で、私たちは閉塞感のなかで余裕なく生きている。これまでは人と人とが接して密なる関係を紡ぐことで、ハードな世界を生き抜いてきたが、コロナ禍でそれさえも許されなくなってしまった。

 ソーシャル・ディスタンスを空けたつきあいを求められ、孤独さは募るばかり。業病を恐れて、多くの人はますます他人に対する興味を持たなくなっていく。

 コロナ禍は人類が遭遇した多くの試練のひとつというべきなのだろう。ワクチンや特効薬がいつ流通するのか分からないから、私たちはただ待つしかないのだが、こういう状況であるからこそ、他人に対する人との触れ合いを謳った作品を評価したくなる。

 本作は生き馬の目を抜くニューヨークを舞台に、底辺で生活する人々に優しい眼差しを向けたヒューマンドラマだ。

 ドグマ95作品『幸せになるためのイタリア語講座』で世界的に注目された、デンマーク出身の女性監督ロネ・シェルフィグが、ニューヨークの下町の風情をリアルに浮き彫りにしながら、人間同士のつながりを誠実に描き出す。『17歳の肖像』や『ワン・デイ 23年のラブストーリー』などで、女性層から多くの支持を集めたシェルフィグが、ニューヨークの華やかな輝きが届かない人々の姿を群像ドラマの形で紡ぐ。彼女自身の脚本というだけあって、それぞれのキャラクターが誠実に描きこまれている。色々な事情を抱えながら、懸命に日々を生き抜こうとする、等身大の姿が心に沁みるのだ。

 出演は決して派手ではないが、個性に溢れた実力派が揃っている。エリア・カザンの孫にして『ルビー・スパークス』の脚本・主演・製作総指揮を務めて注目されたゾーイ・カザンを筆頭に、イギリスからは『オブリビオン』のアンドレア・ライズボロー、アメリカからは『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ。さらにフランスからは『預言者』の主演でセザール賞の主演男優賞に輝いたタハール・ラヒム、カナダからは『ミリオンダラー・ベイビー』のジェイ・バルチェル。そしてイギリスのベテラン、『ラブ・アクチュアリー』などでお馴染みのビル・ナイが加わる。まさに国際色豊かなキャスティングである。

 ニューヨークの庶民的な街で暮らす看護師のアリスは、恋人に裏切られてから、救急病棟の激務に加え「赦しの会」というセラピーを主催、他人のためだけに生きる日々を続けている。

 彼女がたびたび訪れる創業100年を超えるロシア料理店ウィンター・パレス。オーナーのティモフェイは商売下手で、店を立て直すため前科のあるマークを雇う。

「赦しの会」にはニューヨークの生活に適応できない、さまざまな事情を抱えた人々が集まる。驚異的に不器用なジェフを筆頭に、マークも弁護士のジョン・ピーターとともに参加していた。

 変わり映えのしない日常に変化が訪れたのは、幼いふたりの息子とともにクララがニューヨークにやってきたことからだった。お金もなく知りあいに頼ることもできない彼女は、警官なのに暴力を振るう夫から逃れて大都会にやってきた。彼女と子供たちは、“ウィンター・パレス”に辿り着き、冷たい大都会にあっても優しさを与えてくれる人々に出会うことで、明日を生きる力を取り戻していく……。

 登場するキャラクターたちが抱える事情はそれぞれシリアスで、一朝一夕に解決する問題ではないものばかり。それでも人は人に優しくできるし、相手を思いやることはできる。ロネ・シェルフィグは、キャラクターを取り巻く状況はどこまでもリアルかつシリアスに描きながら、人の持つ温もりをほんのりと浮かび上がらせる。

 庶民が隅に追いやられているニューヨークは常に変わらず、ハードで生きにくい街だが、それでも他人に手を差し伸べる存在が少しはいる。そうした存在はあくまでも個人の努力で生まれていることを本作は描き出す。

 描かれるのは夢物語ではない。厳しい現実に裏打ちされている世界。懸命に日々を生き抜かねばならない人々が、それでも人間らしい優しさを失わなかったというストーリーだ。「ウディ・アレンの黒人が登場しない街をニューヨークとすれば、これほど分断された街はない」といいきったのはスパイク・リーだったが、本作に描かれる世界もこの大都会の多様な貌の一部なのだろう。確かにここにはトランプのような富裕層は出てこない。ヨーロッパから来たロネ・シェルフィグにとっては、本作の世界こそが彼女のニューヨークのイメージなのだ。本作の製作国がデンマーク、カナダ、スウェーデン、フランス、ドイツ 、イギリス と来て、最後にアメリカが来るのも分かる気がする。

 出演者はいずれもみごとなアンサンブルをみせる。ビル・ナイのロシア料理店オーナーもさりげないが、子役も含め、全員が適演だ。

 ニューヨークのあまり背景に使われなかった街角が映像に焼きつけられている。コロナ禍の不寛容な時代に、せめて映像だけでも優しさに触れていたい。お勧めする所以である。