『サイレント・トーキョー』は迫力十分、リアルな味付けの疾走するクライムサスペンス。

『サイレント・トーキョー』
12月4日より、丸の内TOEI、TOHOシネマズ日本橋、新宿バルト9ほか全国ロードショー
配給:東映
©2020 Silent Tokyo Film Partners
公式サイト:https://silent-tokyo.com/

 コロナ禍によって、これまでの常識が一切覆ってしまった。

 人と人とのつきあいもソーシャル・ディスタンスとやらを求められ、口角泡を飛ばす議論などとんでもない。対角線に座って、食事を口に運んだらマスクをすること。出来るだけ静かに会食する――こうしたことを平然とお上が要求すること自体に割り切れなさを感じる。いったい、政府のコロナ禍対策は何なのだ。

 病床がひっ迫すると大変だというばかりで、病院を増やすこともなく、医師を増やす手立てもしない。ただ今の状況を騒いで、国民に我慢を強いるだけだ。

 このお上の姿勢は、考えてみたらコロナ禍以前、安倍晋三政権の頃から変わっていなかった。単に業病によって浮き彫りにされたに過ぎない。責任を取らない政治に対して、国民の不満、閉塞感は意識しないうちに溜まっている。

 本作は閉塞感に満ちた日本を舞台にしたクライムサスペンスである。舞台はコロナ禍以前の日本。日本を戦争の出来る国にしたいと総理大臣が宣言したとき、爆弾テロが起きる。最初は脅しで犯人は総理大臣との対談を要求するが、総理大臣はテロには屈しないと拒絶。その結果が阿鼻叫喚の地獄の様相となる展開だ。

 原作は「アンフェア」シリーズで知られる秦建日子の「サイレント・トーキョーAnd so this is Xmas」。これをもとに『亜人』の山浦雅大が脚本化。『SP THE MOTION PICTURE野望篇』と『SP THE MOTION PICTURE革命篇』で圧倒的なリアリティとアクションを披露して話題となった波多野貴文が監督に座り、これまでにない没入感をもったサスペンスを目指したという。

 なにより評価したいのは、この題材を、100分を切る長さの群像ドラマに仕上げたことだ。きびきびとした語り口でぐいぐいと疾走し、緊張感を盛り上げる。冒頭からクライマックスまで、一気呵成。見る者を画面に惹きこむ。とかく上映時間が無駄に長い作品の多いなか、この姿勢は嬉しい。

 映画は12月24日、恵比寿のモールから幕を開ける。クリスマスの買い物客でモールは賑わっていたが、ここに爆弾を仕掛けたとテレビ局に電話が入る。半信半疑で現場に向かった2名のスタッフだったが、広場のベンチには中年の女性が座っていた。

 ベンチには爆弾が仕掛けられていた。女性はスタッフのひとりと入れ替わる。どうやら重さによって爆発するらしい。彼女はもうひとりのスタッフを連れて犯人の指示に従おうとするが、やがて爆発が起きる。

 大混乱のなかで、爆発は大きな被害のないままに終わった。だが15時になると、動画サイトに次なる犯行予告が入る。

 総理大臣が生対談に応じなければ、18時に渋谷を爆破するというものだった。戦争も可能な強い日本を標榜する総理はテロに屈しないと早々に表明。警察を上げて渋谷の封鎖に乗り出し、人々を隔離しようとするが、お祭り騒ぎにしようとするやじ馬が大挙押し寄せてくる。

 捜査にあたった渋谷署の刑事ふたりは、恵比寿近辺の聞き込みから、ひとりのIT企業家に目をつける。だが、時間が短すぎた。

多くの人で混雑する渋谷で18時に、事件は起きた――。

 本作の企画は、プロデューサーの阿比留一彦が「用心しない、考えない、想像しない」という思考停止状態の日本に対して危機感を抱いたことから始まった。日本はテロがないと安心しきっていていいのか。その思いが秦建日子の原作に出会って、作品として結実した。

 監督の波多野貴文はプロデューサーの思いを受け継ぎ、あくまでリアルなタッチで映像化することに腐心した。ステディカムを駆使して臨場感を焼きつけ、混乱に陥った群衆の恐怖。簡単に崩れ去る安全神話を迫力満点に焼きつけている。『SP THE MOTION PICTURE野望篇』などで、畳みかけるようなドライブ感で走りぬくスタイルは健在。どこまでもクライマックスに向かって、サスペンスを盛り上げていく。

 しかも、クライマックスのスペクタクルは凄い。ここまでパワフルな映像になるとは思っていなかっただけに衝撃度は高い。巨大なオープンセットを組んでカタストロフを再現したことに拍手を送りたくなる。『ALWAYS 三丁目の夕日』などで知られる制作プロダクション、ROBOTらしいスケールの大きさだ。

 ただ、惜しむらくは群像ドラマに終始したために、それぞれのキャラクターの個性が流れてしまったこと。群像ドラマの宿命といえばそれまでだが、犯人の動機の弱さが気になる。もう少し、犯人の世間に対する怒りが明確になればよかった。もっとも、クライマックスの衝撃を経ると、ご都合主義的展開も気にはならないか。

 出演者は佐藤浩市を筆頭に、石田ゆり子、西島秀俊、中村倫也、広瀬アリス、井之脇海、勝地涼など、キャストは豪華。刑事役の西島秀俊、勝地涼は事件解決の中心的役割を担うわけだが、ストーリー展開の関係上、いささか印象は薄い。佐藤浩市ももったいない使われ方になっている。これも群像ドラマのゆえか。

 思考停止した日本に喝を入れるクライムサスペンス。12月にこういう作品があってもいい。一見をお勧めしたい。