『THE CROSSING ~香港と大陸をまたぐ少女~』は震戦に住む思春期の少女に焦点を当てた、瑞々しい成長の物語。

『THE CROSSING ~香港と大陸をまたぐ少女~』
11月20日(金)よりTOHOシネマズシャンテほか全国順次公開
配給:チームジョイ株式会社
©Wanda Media Co.,Ltd
公式サイト:https://www.thecrossing-movie.com/
 

 昨年あたりから香港が騒がしい。それもこれも香港を本土並みの統制下におきたい中国政府が、一国二制度のルールに踏み込んできたことに起因する。そもそもこの制度自体に無理があったのは自明のことだ。

 本作は一国二制度によって起きた弊害を題材にしている。香港と隣・深センでは税金の格差がある。そのニッチを金儲けに利用して、香港から深センにスマートフォンを密輸しようとする人間がいても何の不思議はない。

 本作が初めての長編映画監督となる白雪(バイ・シュエ)は2年に渡るリサーチの後、香港と深センを越境通学する女子高生のストーリーを生み出した。監督自身は深センで成長期を過ごした経験があった。彼女の深センに対する深い思い入れがストーリーのなかに活かされている。脚本はリン·メイルー(林美如)の協力のもとで、監督が思いを込めてまとめ上げた。

 映画は通学のために越境を日常とする少女の心の揺らぎを繊細かつリアルに浮かび上がらせる。どこにもある通学がこの地域ゆえに密輸の運び屋に直結する。これも香港という場所の特殊性だろうか。原題は「過春天」(春を過ぎる)。感傷的な字面だが、実は密輸業の隠語で「密輸品が無事に税関を通り抜けた」という意味なのだそうな。

 出演は本作に抜擢されたホアン・ヤオをヒロインに、スン・ヤンとカルメン・タンといった若手たち。さらに『セブン・アサシンズ 清朝の暗殺者』のニー・ホンジエ、『インファナル・アフェア 無間序曲』などでバイプレイヤーとして知られるリウ・カイチー、『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』のエレナ・コンなどのベテラン勢が支える。充実したキャスティングとなっている。

 香港人の父と大陸出身の母の間に生まれた16歳のペイは、毎日、深センから香港の高校に通っている。一緒に暮らす母は麻雀で生計を立て、父はトラック運転手で生計を立てている。

 自堕落な日々を送る母との仲も悪く、孤独を募らせるペイにとって香港で裕福に暮らす親友ジョーが唯一の心の拠り所だった。ふたりで日本の北海道に旅行することを目標にしている。

 そんなある日、家に戻る駅のなかで、たまたまスマートフォン密輸グループを助けたことから、ペイは簡単に金を稼げることを知る。グループの一員がジョーの恋人ハオだったことから、グループに仲間入り。毎日、裏の仕事に手を染めるようになる。

 いつしかペイはハオと深く付き合うようになる。ハオはグループに内緒に危険な密輸を持ちかけるがうまくいかない。またハオとの仲を疑ったジョーからは絶交を宣言される。すべての行動はジョーとの旅行が目的だったのに。虚ろになったペイにも新たな明日がやってくる。彼女は立ち直ることができるのか――。

 思春期特有の潔癖さから母を疎ましく思い、といって裕福な親友に対しても心の底から親しはない少女の心の動きが繊細に映像化されていく。香港と深セン、2つの異なる環境を往復する彼女が密輸グループの存在を知ってからは、日々の平穏な通学風景がスリルに満ちたものに変貌していく。うだつのあがらない両親の姿を見せつけられ、自分の行く先に希望も持てない少女は、密輸グループの一員となったことから、閉塞した環境に裂け目が生じていく。いわば密輸という行為によって、彼女の心のなかの境を越えていこうとするのだ。本作が成長物語として輝くのはここに起因している。

 密輸とはいっても、そもそも一国二制度の弊害によって生じた税金格差。さほど良心の呵責もなく加わっているのが可笑しい。香港人、深セン人はもっと逞しく強い。ヒロインも事件に翻弄されるが、それでもラストに希望を抱くことを示唆している。マーティン・スコセッシと是枝裕和に影響を受けたという監督バイ・シュエは瑞々しい感性で、少女の軌跡を疾走し、最後に爽やかささえもたらす。中国の匠ティエン・チュアンチュアン(田壮壮)が製作総指揮としてサポートしたというが、香港、深センの街角をリアルに活写しながら、みごとな青春映画に結実している。この監督の次作が楽しみになってきた。

 香港に関心があればいっそうのこと、繊細で好もしい青春成長物語として一見をお勧めしたい。