『82年生まれ、キム・ジヨン』は現代女性の生き辛い現実を細やかに描き出した、心に残る一品。

『82年生まれ、キム・ジヨン』
10月9日(金)より、丸の内ピカデリー、新宿ピカデリーほか 全国ロードショー
配給:クロックワークス
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公式サイト:http://klockworx-asia.com/kimjiyoung1982/

 カンヌ国際映画祭パルム・ドールにアカデミー賞作品賞の受賞という、映画界を代表する二大祭典を制覇した『パラサイト 半地下の家族』によって、韓国映画に対する注目度は一気に高まったといえる。これまでも韓流ドラマは数多く放映され、映画もアクションやホラー、サスペンスなどで固定ファンも多かったが、現在は映画ファンが韓国映画の新しい動きにより敏感に反応するようになった。

 現在は劇映画、ドキュメンタリーの双方で女性監督の台頭が目立っているが、とりわけ注目を浴びているのが本作だ。

 2016年秋に刊行以来、130万部を超えるベストセラーとなったチョ・ナムジュの同名小説の映画化で、原作は日本でも翻訳されるや、多くの女性たちの共感を呼び、異例の売れ上げを記録した。

 儒教社会、韓国という男性優位社会において、女性が日常的に経験する差別を克明に描き出した内容が、韓国に限らず日本の社会でも共感できることが多いと評判になった。

 この原作に挑んだのは短編映画で注目され、本作が長編デビュー作となるキム・ドヨン。手がけた短編映画『自由演技(原題)』が高い評価を受けて、本作の実現につながった。脚本家のヨ・ヨンアとともに原作を映画的に練り込み、現代に生きる人々の機微を細やかに映像化している。

 出演は『新感染 ファイナル・エクスプレス』のチョン・ユミとコン・ユ。日本でも人気のあるコン・ユが平凡な心優しい夫を演じるのも話題だが、ヒロインに扮したチョン・ユミが感情の起伏をリアルに表現してすばらしい演技をみせている。

 共演は、テレビドラマ「師任堂(サイムダン)、色の日記」をはじめ、さまざまなキャラクターを巧みに演じ分けるキム・ミギョン、テレビドラマ「愛の温度」のコン・ミンジョン。さらにミュージカルの世界で知られるキム・ソンチョル、『サマリア』のイ・オルなど、個性豊かな実力派が起用されている。

 結婚して出産を機に仕事を辞め、キム・ジヨンは育児と家事に追われる毎日を送っている。

 最近は、母であり妻であること強いられる日常に、ジヨンは何かに閉じ込められているような感覚に陥ることがあった。

 夫のデヒョンは心配するが、本人は深刻には受け止めない。時折、ジヨンは、他人が乗り移ったような言動をとるようになった。デヒョンの実家に行ったときは、「正月くらいジヨンを私の元に帰してくださいよ」と、そこにはいないジヨンの母親に成りきって文句を言う。

 また、あるときはすでに亡くなっている夫と共通の友人になり、夫にアドバイスをする。

 あるいは祖母になって母親に語りかけることもあったのに、ジヨンは乗り移った時の記憶はすっぽりと抜け落ちていた。

 デヒョンは妻を傷つけるのが怖くて真実を告げられず、ひとり精神科医に相談に行くが、事態はさらに悪くなっていく――。

 キム・ジヨンの現在が綴られるなか、映画は彼女の幼少時代をはじめとする過去のエピソードを散りばめる。無邪気な子供時代から、少女になると女性としての生きづらさを知る。そこからは現実の厳しさをしたたか味わうことになる。勉強に明けくれて大学に入り、立ち塞がる就職の壁を乗り越えたのに、結婚・出産となると会社を辞めざるをえない。

 家庭に入ると、社会から孤立したような気分に陥る毎日。再就職の道はあまりに難しい。こうした女性なら誰もが感じたことがあるであろう状況が、ジヨンの人生のなかに描かれていく。キム・ドヨンはひたすら繊細にヒロインに寄り添い、意識しないうちに心が壊れそうになった彼女なりの理由を映像に焼きつける。そしてヒロインが夫や家族の協力のもとで、いかに乗り越えていく姿を、ユーモアを交えつつ温もりをもって紡いでいる。

 キム・ジヨンの夫も、姑も、母も、姉妹も、誰一人として悪いわけではないが、韓国社会の常識やしきたりにがんじがらめに縛られている。無意識のうちに女性を差別している事実が、キム・ドヨンの映像から浮かび上がってくる。糾弾調ではなく、静かに事態を描いた演出がいっそう心に沁みる。

 作品を見ていくうちに、こうした無理解や常識に縛られた対応は女性のみならず、男性にも数多くあることに気づかされた。本作のメッセージはフェミニズムを高めるばかりでなく、弱者の思いを代弁しているのだ。

 キム・ジヨンに扮したチョン・ユミは、あまり感情を露わにしない主人公をみごとに演じ切る。怒りや悲しみ、苦痛や嬉しさなどをちょっとした表情の変化で表現。孤独感に苛まれても健気にふるまう姿はまことにすばらしい。また、彼女に対し、どこまでもいい夫であり続ける夫役はまさに穏やかな容姿のコン・ユのイメージにピッタリとハマっている。

 いかにも女性映画らしい意匠ではあるけれど、男性が見ても心に迫る。不寛容な現代で懸命に生きようとすればするほど、古臭い因習や常識が立ち塞がる。自分に正直に真摯に生きることの大切さを、この作品は教えてくれる。一見をお勧めしたい作品である。