『パヴァロッティ 太陽のテノール』は美しい歌声に心ゆくまで浸れる素敵なドキュメンタリー。

『パヴァロッティ 太陽のテノール』
9月4日(金より、 TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
配給:ギャガ★
©2019 Polygram Entertainment, LLC – All Rights Reserved.
公式サイト:gaga.ne.jp/Pavarotti

 近年、伝説的なアーティストを題材にした音楽ドキュメンタリー作品が増えている。貴重な映像とともに、巨匠たちが劇場いっぱいに蘇る喜びは何物にも代えがたい。これが、音楽ドキュメンタリーが数多く製作される所以でもある。

 世界を席巻したロックグループや伝説的な軌跡を歩んだ歌手など、題材となったアーティストがポピュラー音楽界の存在が多いのは認知度の高さ、人気によるものだが、クラシックの世界でも絶大な人気と圧倒的なパフォーマンスを誇る存在がいる。その代表的存在が本作に登場するルチアーノ・パヴァロッティである。

 クラシックに疎い人でも、パヴァロッティの名は聞いたことがあるだろう。「神の声を持つイタリアの国宝」と称えられる彼は、誰をも虜にする歌唱力と声の美しさを誇った不世出のテノール歌手だった。2007年9月6日に膵臓がんのために惜しまれつつこの世を去ったが、彼の歌声は今も世界中で愛され続けている。

 本作はパヴァロッティの軌跡を辿り、その圧倒的な歌唱を前面に押し出しつつ、人間的な側面に迫ろうとしている。なにより注目すべきは監督をロン・ハワードが引き受けていることだ。

『アメリカン・グラフィティ』の出演者のひとりとして知られているハワードは、監督に転進してからは『スプラッシュ』(1984)をはじめ、『バックドラフト』(1991)、『アポロ13』(1995)、『身代金』(1996)など、多彩なジャンルに挑み、2001年には『ビューティフル・マインド』でアカデミー監督賞にも輝いた。その後も『ダ・ヴィンチ・コード』(2006)や『フロスト×ニクソン』(2008)、『ラッシュ/プライドと友情』(2013)など話題作を量産している。どんな題材もエンターテインメントに仕上げるハワードの能力は高く評価されている。

 後年、実話の映画化が多いハワードがドキュメンタリーに手を広げたのは自然の成り行きであったろう。本作の前に人気ラッパーのジェイ・Zがフィラデルフィアで主催した音楽フェスティバル「メイド・イン・アメリカ」を映像化した『メイド・イン・アメリカ』(2013)、ビートルズのライブ活動期に焦点を当てた『ザ・ビートルズ  EIGHT DAYS A WEEK – The Touring Years』(16)を手がけ、本作が3作目となる。

 ハワードはパヴァロッティの成功、芸術的なリスクを背負った軌跡を、予測できないドラマで、極めて人間的だと感じたという。パヴァロッティの途方もない芸術性はどこから生まれたのかを追求したかったと続ける。驚異的な声と心が合わさって芸術は生まれる。パヴァロッティがどうやってそれを培ったのか、私生活も含めて、彼のすべてを調べ上げた。

 貴重な映像の数々はモデナのパヴァロッティ博物館の協力なしには集めることはできなかった。パヴァロッティが他界した時の妻で同博物館の館長ニコレッタ・マントヴァーニが全面的に応援し、彼女の個人的なコレクションも作品に反映された。

 マントヴァーニのサポートのもとに、ハワードは2017年4月から2018年6月にかけて、ニューヨーク、ロサンゼルス、モントリオールをはじめ、各地でパヴァロッティのゆかりの人たちにインタビューを敢行。そのなかには三大テナー歌手のメンバーであるプラシド・ドミンゴやホセ・カレーラス、U2のボノから、マネージャー、プロモーター、さらには彼の最初の妻アドゥア・ヴェローニとふたりの間の3人の娘も含まれていた。

 作品は、まず1995年にブラジルのオペラハウス、テアトロ・アマゾナスを訪ねるパヴァロッティのホームヴィデオの映像から幕を開ける。彼が憧れる大歌手エンリコ・カルーソーがかつて歌った場所で上機嫌のパヴァロッティがくっきり映像に切り取られている。

 ここからパヴァロッティの輝かしいサクセス・ストーリーが綴られる。神の声を武器に、プロフェッショナルとして成功の階段を駆け上がり、世界に冠たる存在に上りつめたストーリーは、何といっても圧巻の彼の歌唱が裏打ちしている。本作の魅力は「誰も寝てはならぬ」や「女心の歌」、「星は光りぬ」などなど、映像に散りばめられた歌の数々にあるといっても過言ではない。パヴァロッティの歌を完璧に映像に焼きつけるため、アカデミー賞に何度も輝いた録音技師クリストファー・ジェンキンズをスタッフに迎えた成果が作品に表れている。

 描かれるエピソードも3大テノールの競演した伝説のステージや故ダイアナ妃との交流、ボランティアなどの幅広い活動に加えて家族とのプライベートライフも過不足なく語られる。全編を通して浮かび上がってくるのは、パヴァロッティの人間としての魅力である。

 もちろん、本作の価値はパヴァロッティの歌をスクリーンで心ゆくまで堪能できること、ここに尽きる。クラシックに親しみが持てない方々も、パヴァロッティだけは耳を傾けていただきたい。彼の歌声には人を感動に誘う力がある。情感がある。一見をお勧めする理由はここにある。