『シチリアーノ 裏切りの美学』はマルコ・ベロッキオが挑んだマフィア実録伝記ドラマ!

『シチリアーノ 裏切りの美学』
8月28日(金)、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開
配給:アルバトロス・フィルム、クロックワークス
© IBC MOVIE/KAVAC FILM/GULLANE ENTRETENIMIENTO/MATCH FACTORY PRODUCTIONS/ADVITAM © LiaPasqualino
公式サイト:https://siciliano-movie.com/

 イタリア映画界が生んだ巨匠といわれると、ロベルト・ロッセリーニやヴィットリオ・デ・シーカをはじめ、ルキノ・ヴィスコンティやフェデリコ・フェリーニなどのネオレアリズモの先達たちがまず頭に浮かぶ。さらにミケランジェロ・アントニオーニやピエル・パオロ・パゾリーニ、ピエトロ・ジェルミ、ベルナルド・ベルトルッチなど、今は亡き匠が思い起こされる。

 1939年生まれの高齢にもかかわらず作品を生み出し続けるマルコ・ベロッキオはさしずめ巨匠というべきなのだが、その座に安住することを潔しとせず、常に常に社会に刺激を与える問題作に挑んできた。あえて政治的、社会的な題材を選び出し、センセーショナルな作品を製作し続ける姿勢が素敵だ。

 ベロッキオは第72回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された本作で実録犯罪ドラマに挑んでいる。

 マフィア同士の抗争が繰り広げられた1980年代を軸に、シチリアの犯罪結社コーザ・ノストラを裏切った男、トンマーゾ・ブシェッタの数奇な人生を映画化。イタリアでは知られたこの男を徹底的に調べ上げ、『至宝』のルドヴィカ・ランポルディ、『甘き人生』のヴァリア・サンテッラ、『母よ、』のフランチェスコ・ピッコロといった脚本家陣、さらにジャーナリストのフランチェスコ・ラ・リカタの協力のもと、自ら脚本を書き上げ、演出に臨んだ。

 沈黙を守ることが血の掟に定められたコーザ・ノストラの一員でありながら、ブシェッタはなぜ司法当局に協力したのか。ベロッキオは確固たる語り口のなかに、ブシェッタの思いを明らかにする。原題は「Il traditore」、裏切り者という意味だが、ここにベロッキオの思いがこもっている。

 1980年代初頭、シチリアは犯罪組織コーザ・ノストラのふたつのファミリーの全面戦争状態に瀕していた。パレルモ派に属する大物のブシェッタは仲裁に失敗。ブラジルに逃れたものの、残された家族や仲間達がコルレオーネ派により抹殺されていく。

 やがてブシェッタはブラジルで逮捕され、イタリアに引き渡される。

 彼はコーザ・ノストラ撲滅に執念を燃やすジョヴァンニ・ファルコーネ判事から捜査協力を求められる。ブシェッタは確かに、麻薬と殺人に明け暮れる現在のコーザ・ノストラに失望していた。彼はコーザ・ノストラの血の掟に背き、信頼関係を結んだファルコーネに組織の罪を告白する決意をする。

 ブシェッタの告白でイタリア全土のマフィアが一斉に逮捕された。その代償としてブシェッタの堅気の親族までもが殺害される。

 そしてコーザ・ノストラの幹部たちを裁く大裁判がシチリアのパレルモで行なわれることになった。ブシェッタは検察側の証人として出廷することになる。裏切者のそしりを受けながら、ブシェッタの軌跡はさらに起伏に富んだものになっていく――。

 原題そのまま、描かれるのはコーザ・ノストラの血の掟を破って、組織の罪を告白した男の人生だ。文字通り波乱万丈、これが実話というから驚く。しかもこれだけ大きな背信行為をしていながら、ブシェッタは報復を免れるのだ。正義を遂行しようとしたジョヴァンニ・ファルコーネは爆殺されるにもかかわらず、ブシェッタは病でこの世を去るまで、平穏な余生を送ったというから、小説よりも奇である。

 マルコ・ベロッキオは緊迫感に満ちた映像で、この男の軌跡を綴る。ぐいぐいと映像に惹きこまれ、結果が明白な実話であることも忘れて、見る者はブシェッタの行動に手に汗を握る。まさにベロッキオの物語る力の賜物である。

 ベロッキオは、あえて裏切り者の道を選んだブシェッタに対して、ある種の共感を抱いているとコメントしている。ベロッキオ自身がカソリックでありながら共産主義に向かい、そこから毛沢東主義に転じる。さらに精神分析世界、そして社会的、政治的な題材を手がけるなど、さまざまな変貌を繰り返してきた。ベロッキオはその変貌を“裏切り”をとらえつつ、前進してきたという。かつてのコーザ・ノストラのつながりが失われたことを悲しみ、告白に転じたブシェッタに対する共感はここにある。「ブシェッタは卑劣でもないし厄介者でもない。私は彼が辿った道を追おうと考えた」というベロッキオの製作のコメントが、彼の思いを表している。

 ボスニア・ヘルツェゴビナ・ サラエボ出身の撮影監督ヴラダン・ラドヴィッチを擁して、ベロッキオはオペラのようなゴージャスな世界を構築してみせた。とりわけ幹部たちが一堂に介した大裁判のシーンは圧巻。華麗なる意匠のなか、スリリングで緊迫感に満ちたクライマックスが綴られている。

 日本になじみは薄いが、出演者もすばらしい。『フォンターナ広場 イタリアの陰謀』のピエルフランチェスコ・ファヴィーノがブシェッタを存在感たっぷりに演じ、『輝ける青春』の人気俳優ルイジ・ロ・カーショ、“ブラジルのソフィア・ローレン”の異名を持つマリア・フェルナンダ・カンディド、『甘き人生』のファウスト・ルッソ・アレジなどの実力派が集結。スリリングなアンサンブルを披露している。

 メリハリの利いた語り口のなかで展開する、波乱万丈の男のドラマ。マフィアを描いた作品としても屈指の仕上がりだ。