『グッバイ・リチャード!』はジョニー・デップがペーソスいっぱいに好演するヒューマン・コメディ!

『グッバイ・リチャード!』
8月21日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー
配給:キノフィルムズ 配給協力:REGENTS
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公式サイト::goodbye-richard.jp

 ジョニー・デップといわれて、まず頭に浮かぶのは『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズの快男児、ジャック・スパロウだろう。コアなファンならティム・バートンとのコラボレーションになる『アリス・イン・ワンダーランド』のマッドハッターや『チャーリーとチョコレート工場』のウィリー・ウォンカ、『エド・ウッド』に『シザーハンズ』を挙げる人もいるはずだ。

 少し斜に構えた、コミックに登場するような誇張したキャラクターを得意にする俳優のイメージ。シリアスな作品で大真面目に演じてもそれほど際立った印象はないが、オフビートなキャラクターを任せると精彩を放つ。

 そんなデップも1963年生まれというから、57歳。いくら頑張って弾けてみても、容姿や動作に“くすみ”がにじみ出てくるのは仕方がない。いつまでもコミック的なキャラクターで突き進んでいいのか。彼がこれからどんな方向に進むのか。ひとつの答になりそうなのが本作のキャラクターだ。

 演じるのはほぼ実年齢に近い大学教授、リチャード。家族とのもトラブルもなく、生徒たちからの受けもいい。妻に対して細かい不満は数々あるが、まずは過不足なく生きてきた。平穏無事がなにより大事だし、自分では順風満帆な人生だと考えていた。

 だが好事魔多し、突然に難病で余命180日と宣告されてしまう。

 しかも妻は上司との不倫を、娘は同性愛者だと告白する始末。

 翌日、単位をとれると安易にやってきた生徒たちに一喝を喰らわせ、文学を学びたい生徒だけを峻別する。もはや大学当局に神経を使う必要もない。彼は残りの人生を自分のやりたいことだけやると決心。いいたいことをいい、マリファナと酒を解禁し、立場やルールに縛られない生き方を突き進む。

 このリチャードの新しい生き方は周囲にセンセーションを巻き起こし、彼自身も喜びや充実感を味わう。残された時間をいかに有意義に使うかを模索するが、終わりは着実にたってくる――。

 お洒落な容姿で、大学という世界でおとなしく生きてきた教授が余命を知って変貌する。黒澤明の『生きる』ではないが、死期を知って何かを成そうとする展開である。脚本・監督のウェイン・ロバーツは2016年の『グッバイ、ケイティ』(劇場未公開 U-NEXTで配信中)で注目された新進。本作が劇場用映画2作目となるが、俳優たちからも大きな期待が寄せられている。下手をすると、死ぬまでの身も蓋もない話に陥る危険性だってある。だから本作はジョニー・デップが出演したことで成立したといっても過言ではない。

 デップが演じると、深刻さよりも運命に翻弄されることの可笑しみ、皮肉、ペーソスが立ち上がるのだ。余命が180日ではないにせよ、人間はいつか生命が尽きる。その間に、どれだけ充実した日々が送れるか。この命題をデップは軽味をもって演じ切ってくれる。演技のスタンスもデップ自身の年齢に寄せ、より自然体に近いパフォーマンスを披露している。これまでのキャラクターのなかでも、もっとも“人のあはれ”がにじみ出ている感じだ。

 人間は誰でも社会や組織に縛られて生きている。そんなわずらわしさを吹き飛ばし、周囲にお構いなしに傍若無人にふるまう格好の良さ、痛快さ。ちょっと誇張した感のあるデップの演技が本作のみどころだ。

 ロバーツの演出はデップのパフォーマンスに頼りすぎている部分はあるものの、軽妙に終わらせようとの努力は感じられる。人生の愛おしさを爽やかに描いたことでよしとしたい。

 共演者も豪華だ。『レイチェルの結婚』や『ラ・ラ・ランド』のローズマリー・デウィットが妻を演じ、『ワンダーウーマン』をはじめバイプレイヤーとして活動するダニー・ヒューストンが主人公の親友役。さらに『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズなどで知られるリー・トンプソンの娘ゾーイ・ドゥイッチが娘に扮する。なかなかに充実したキャスティングではある。

 大作ではないが、人生の喜びをさらりと描いて好感の持てる仕上がり。一見をお勧めしたい。