『死霊魂』は地獄を生き延びた人々の証言を綴った、圧倒的で、ぐいぐいと惹きこまれる傑作ドキュメンタリー。

『死霊魂』
8月1日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
配給:ムヴィオラ
©LES FILMS D’ICI-CS PRODUCTIONS-ARTE FRANCE CINÉMA-ADOK FILMS-WANG BING 2018
公式サイト:http://moviola.jp/deadsouls/



 今年4月に公開されるはずだったが、コロナ禍のせいで延期になっていた『死霊魂』がいよいよ公開される。

 近年、ドキュメンタリー映画が一般劇場で公開されるのは、珍しいことではなくなったが、この作品の一般公開は画期的なことといえる。なにせ3部構成、上映時間495分という超大作だ。ましてコロナ禍で三密を防ぐために座席数を減らすとなると、劇場側の苦労も並大抵ではない。なにより公開してくれたことを称えたくなる。

『死霊魂』は山形国際ドキュメンタリー映画祭2019に出品され、大賞にあたるロバート&フランシス・フラハティ賞に選ばれた。手がけた王兵(ワン・ビン)にとって、16回を重ねるこの映画祭での大賞受賞は、なんと3回目となる。フレデリック・ワイズマンをはじめ名だたる監督たちの作品を差し置いての受賞。文字通り山形国際ドキュメンタリー映画祭から認知された監督といっても過言ではない。

 ワン・ビンは2003年に中国東北部瀋陽にある廃れゆく地域を「工場」「街」「鉄路」という三部構成で描いた、9時間を超える『鉄西区』を発表。圧倒的な映像と、物語らんとする強い意志が熱狂的評価を集め、山形で最初の大賞を勝ち取る。

 さらに、夫の執筆した記事が原因で、1950年代後半の中国・毛沢東政府から〈右派〉、反革命分子の烙印を押され、強制収容所で辛酸をなめた女性の波乱万丈の一代記『鳳鳴― 中国の記憶』を2007年に発表。山形国際映画祭で二度目の大賞を手中に収めた。この作品ではひたすら女性にカメラを固定し、彼女の思いをストレートに映像に焼きつけた。『鉄西区』とは異なるアプローチで、中国政府に翻弄された悲劇を激しいことばで述べる女性の意志を画面に横溢させた。歴史に翻弄され、過酷な体験を経た女性の真実の姿を、演出を加えずに映像化せんとのワン・ビンの意図がくっきりと込められていた。

 以降、ワン・ビンは当然のごとく熱い注目を集める存在となった。『鳳鳴― 中国の記憶』と同じく、右派と名指しされた人々への迫害を題材にした初の長編劇映画『無言歌』や、僻地から出稼ぎにやってくる少女たちに焦点を当てたドキュメンタリーの『苦い銭』など、話題作を次々と送り出していった。

 そうして『死霊魂』の登場となる。8時間を優に超える上映時間でありながら、ひと時も画面から目を離すことができない。語られる内容の衝撃度に打ち据えられ、有無を言わさぬ凄まじい出来ばえに、ただ圧倒されるしかない。

 映画が題材にするのは、1950年代後半に起きた中国共産党の“反右派闘争”。『鳳鳴― 中国の記憶』、『無言歌』と同じ題材である。

 1957年6月、毛沢東政権は政策に批判的な人々を騙し打ちのようにあぶり出し、〈右派〉の烙印を押して粛清。ゴビ砂漠をはじめとする辺境の再教育収容所へ送りこんだ。収容された人々は過酷な環境のなかで、ぎりぎりの食料しか与えられずに厳しい労働を強いられ、多くは餓死した。

 ワン・ビンは〈右派〉粛清の事実を、生き延びた人たちの証言集としてまとめあげる。120の証言と600時間のラッシュ映像の素材のから抽出。2005年にインタビュー撮影を敢行し、2016年、2017年に追加撮影。かろうじて生き抜いた人々に生々しくも壮絶な体験を語らせる。製作期間中に亡くなった人も多く、彼らの証言の重みが画面を通して伝わってくるのだ。

「人民の自由な発言を歓迎する!」という、中国共産党が主導した運動にのせられ、思うままに発言したことで、〈右派〉のレッテルを貼られた、55万人もの人々が辺境の収容所に送られた。ろくに食事のない過酷な日常。さらに毛沢東の失政に寄って4500万人の死者が出た大飢餓が重なることになる。

 ワン・ビンはこの地獄を生き抜いてきた人たちの証言に大小をつけず、均等に編集する。生き延びた彼らを称え、彼らの体験を彼らのことばで浮かび上がらせる。

 生き延びた人々はいずれも人間的な魅力に富んでいて、話す言葉に力があり、見る者をグイグイと惹きこんでいく。3部構成、膨大な上映時間であっても、時を忘れるほどの濃密さがここにはある。

 もはやモラルや尊厳などは存在しない、ただ生き延びる日々。そこから帰還した人々は全体の10パーセントにも満たなかったといわれる。

 最後に収容所跡に散乱する人骨の映像を目にしたとき、強い感情が込み上げてくる。ここにおいてタイトルの意味が立ち上がってくる。生存者が告げる、忘れ去られた死者の魂が間違いなくここに眠っているのだ。

“反右派闘争”にこだわり、海外に製作費の活路を求め、集大成とでも言いたくなる作品を撮り上げたワン・ビン監督。次にどのような題材に挑んでいくのか、楽しみで仕方がない。