『ブリット=マリーの幸せなひとりだち』は還暦を過ぎても自立できると謳う、北欧発のヒューマンコメディ。


『ブリット=マリーの幸せなひとりだち』
7月17日(金)より、新宿ピカデリー、YEBISU GARDEN CINEMA、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
配給:松竹
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公式サイト:https://movies.shochiku.co.jp/bm/

 スウェーデンでは公開されるやナンバー1に輝いた、さりげなくて好もしいヒューマンコメディである。

 コロナ禍によって映画館も自粛のやむなきに至り、派手なエンターテインメントが次々と公開延期となる状況のもとで、こうした心に沁み入る作品が公開されるのがなにより嬉しい。

 ここには派手なアクションもアクの強いキャラクターも登場しないが、リアルで共感度が高く、心地よい余韻に包まれる仕上がり。63歳の専業主婦の人生の再出発を描き、人と人を引き離す“三密”の時代に、あえて人とのつながりを称える内容がいい。

 原作はフレドリックバックマンの小説「ブリット=マリーはここにいた」。バックマンは2015年の『幸せなひとりぼっち』の原作者としても知られている。2作とも孤独な主人公が人とのつながりによって人間らしさを取り戻す展開が共通している(邦題を“寄せた”意味はここにあるらしい)。中高年になって孤独に苛まれる人々の多いことが、福祉の発達した北欧では、貧困よりも切実な社会問題だ。バックマンがベストセラー作家になったことはここに起因しているわけで、映画化作品も高年齢社会となった先進諸国に注目を集めることとなった。

 本作はブリット=マリーという名の63歳の専業主婦が主人公。結婚して40年、多忙で彼女との生活に無関心な夫であっても、家事は完璧。笑顔も忘れて家事に励み、長年、培った技術に誇りを持っている。ふと過去の出来事に思いを馳せることもあるが、何事もなく一日を過ごすことで良しとしていた。

 だが夫が出張先で倒れたという知らせを受ける。病院に駆けつけると、そこには夫の長年の愛人がいた。愛人がいることは感づいていたが、存在を目の当りにしたら認めざるを得ない。ブリット=マリーはスーツケースひとつで家を出る。

 職業安定所で紹介されたのは僻地の村のユースセンターの管理人兼サッカーコーチ。彼女はサッカーに何の興味もないが、他に仕事がなく引き受ける。

 僻地のユースセンターは荒れ放題。サッカーチームのメンバーは大半が移民で、しかもサッカーが好きなわりに試合をすれば最弱という体たらく。

 たちまちメンバーになめられてしまうが、ブリット=マリーはまず家事のスキルでユースセンターを磨き上げ、サッカーの教則本片手にコーチになろうと努める。

 やがてメンバーや地元の住人と打ち解けてくるが、コーチ資格のない彼女ゆえにサッカーチームが解散の危機に瀕する。おまけに夫が居所を探し当て戻ってほしいと懇願してくる。ユースセンターで働くうちに思い出した昔の夢、パリ行きを捨てて、彼女は安泰な人生を選ぶのだろうか――。

 いわゆる第二の人生を求めて奮闘するストーリーは決して少なくないが、本作はあくまでもリアル。ヒロインがスーパーマン的な活躍をすることもないし、絵空事のような能天気な結末が待ち受けているわけでもない。

 ブリット=マリーは一人暮らしを始めたことで、自分が何ゆえに笑顔を忘れ、きちんと整頓しなければ我慢できなくなったのかを考えるようになる。と同時に、自分がやりたいことを素直に表現できなくなった理由についても思い出す。ヒロインは初めて自分自身と向き合うことになる。本作が感動的なのは、ヒロインが自分自身のトラウマを受け入れることで現実を超えようとするところだ。少し前に流行った“ありのまま”の自分であることの素晴らしさがきっちりと綴られている。

 脚本を書いたのは、本作の監督を務めたツヴァ・ノヴォトニーとデンマークで活動するアンダース・アウグスト。さりげない描写のなかに、僻地にまで押し寄せてきた移民、難民の存在を浮かび上がらせたあたりが現実の反映。もはや北欧を舞台にしていても、さまざまな民族が混在し、生活しているのだ。

『ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男』(2017)などで女優としても広く活動するノヴォトニーは、自分に自信を持つようになるヒロインに寄り添い、優しく見守りつつ素直に称える。ひとり暮らしを経験することで、どちらかといえば人づきあいが苦手なヒロインが次第に胸を開いて自分自身を表現できるようになるプロセスを、きっちりと紡いでいる。

 本作の魅力はブリット=マリーを演じたペルニラ・アウグストにある。1992年のカンヌ国際映画祭パルム・ドールに輝いた『愛の風景』で女優賞も手中に収めた彼女は『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』(1999)と『スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃』(2002)で、主人公アナキン・スカイウォーカーの母親役を演じたことでも知られている。

 最初は仏頂面で登場し、次第に人間的な魅力を表情に湛えるようになるプロセスが絶妙で、後半には女性としての魅力を放つようになる演技のうまさが光る。余談ながら、ペルニラの夫は『ペレ』(1987、カンヌ国際映画祭パルム・ドール作)や『愛の風景』で知られるビレ・アウグスト。脚本のアンダース・アウグストはペルニラの義理の息子にあたる。しかも『リンドグレーン』(2019)に主演したアルバ・アウグストは彼女の娘というのだから、本当に映画がファミリー・ビジネスといいたくなる。

 共演はペーター・ハーパーやアンデシュ・モッスリング、マーリン・レヴァノンなど、日本ではなじみがないが北欧で活動する実力派たち。ペルニラの魅力をサポートし、素敵なアンサンブルをみせてくれる。

 最近は映画人口の年齢が高くなっていると聞く。再出発に年齢制限はないと語りかける本作はまさに最適の作品といいたい。