『マンデラ 自由への長い道』は、ネルソン・マンデラの成長の軌跡をストレートに綴った、胸に迫る伝記映画。

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『マンデラ 自由への長い道』
5月24日(土)より、丸の内ルーブル、TOHOシネマズ日本橋、TOHOシネマズ六本木ヒルズほか、全国ロードショー
配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
 ©2014 Long Walk To Freedom (Pty) Ltd
公式サイト:http://disney-studio.jp/movies/mandela/

   ネルソン・マンデラは、南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)に異を唱え、27年に及ぶ獄中生活に屈することなく戦い続けて、アパルトヘイト撤廃を勝ち取った存在として、多くの人から尊敬を集めている。惜しくも2013年12月5日にこの世を去ったが、自由と平等を説くそのメッセージの数々は、今も輝きを失わない。
 なによりも虐げられてきた南アフリカの黒人たちに向けて復讐を否定し、赦しを説いた姿勢は高く評価されている。現在も世界各地で横行する憎悪の連鎖を断ち切るために、マンデラの軌跡、そのことばが大きな示唆を含んでいる。
 本作は、マンデラが著した「自由への長い道―ネルソン・マンデラ自伝」をもとに生み出された伝記映画だ。自伝には映画化オファーが殺到したが、マンデラ自身が南アフリカで活動するインド系プロデューサー、アナント・シンに映画化権を与えた。南アフリカのストーリーは南アフリカの人間に描いてほしいとの思いからだ。シン自身も反アパルトヘイト運動に参加し『サラフィナ!』などの作品を残している。
 マンデラは“私を決して美化しないこと”を条件にしたという。シンは脚色を『サラフィナ!』で仕事をしたウィリアム・ニコルソンに任せた。1993年の『永遠の愛に生きて』や、『グラディエーター』や『レ・ミゼラブル』に参加したことでも知られるニコルソンは16年の歳月をかけ、34回も脚本を改稿。自伝のダイジェストではなく、葛藤に満ちた人間ドラマに仕上げている。
 監督は英国・マンチェスター生まれ、『ブーリン家の姉妹』が話題となったジャスティン・チャドウィック。2010年に『おじいさんと草原の小学校』を手がけたときに、製作総指揮のシンに演出を認められ、本作に起用されることとなった。チャドウィックは“よそ者”であることを意識しつつ、単なる偉人伝ではない、欠点もあるゆえに共感度の高い、ひとりの男の人間ドラマとして紡ぎだす。
 いちばんの課題はマンデラを誰に演じさせるかだったという。選ばれたのはテレビシリーズ「THE WIRE/ザ・ワイヤー」と「刑事ジョン・ルーサー」で強烈な個性を発揮し、劇場用映画でも『パシフィック・リム』や『マイティ・ソー』などに出演したイドリス・エルバ。容姿はまったく似ていないものの、マンデラのスピリットを体現できる俳優ということで抜擢された。シエラレオネとガーナの両親のもとロンドンで生まれ育ったエルバは、徹底的にリサーチを敢行。南アフリカの英語アクセントから学びはじめた。
 製作陣、俳優の情熱のこもった作品。マンデラと親交のあったボノ率いるU2が主題歌「オーディナリー・ラブ」を提供している。

 テンプ人の王族の血を継ぐマンデラは1918年に生まれた。長じて大都市ヨハネスブルグに移り住み、法律を学んだ彼は、黒人差別を目の当たりにして、格差反対を唱えるアフリカ民族会議(ANC)に入党。法律事務所を開き、運動も積極的に展開していく。
 最初の妻エヴリンとは彼の浮気がもとで離婚。1年後に運動にも理解のある勝気なウィニーと再婚する。
 南アフリカの社会はさらにアパルトヘイトを強固なものにし、弾圧を強めていった。政府がANCを非合法組織に指定するにおよんで、マンデラは“ウムコント・ウェ・シズウェ(民族の槍)”を組織し、非暴力主義から武力闘争にかじを切る。
 闘争の最中に逮捕されたマンデラは裁判の結果、終身刑となる。死刑にならなかったのは反体制運動の殉教者になることを政府が恐れたからだといわれているが、武力闘争の空しさ痛感していたマンデラは法廷で「すべての人々が平等な機会のもとでともに暮らすという、民主的で自由な社会という理想のために、人生を捧げる」と宣言した。
 マンデラの収監中、妻のウィニーとANCはマンデラを反アパルトヘイトの象徴として広く訴え続けた。牢獄内でマンデラはさらに思慮を深め、民族の融和を実現するためには、緻密な戦略が必要であることを思いいたる。
 やがて南アフリカのアパルトヘイトに対して国際的非難が高まり、危機感を感じた政府がマンデラと交渉を始める。彼は妥協することなく、民族の格差の撤廃を勝ち取り、27年ぶりに釈放される。
 しかし、釈放されたマンデラと、凄まじい弾圧のなかで戦い続けたウィニーとの間には大きな溝が生まれていた――。

 なにより、波乱万丈の彼の軌跡を過不足なく映像化するのは容易なことではなく、脚色に時間がかかったのも頷ける。反アパルトヘイトの象徴としての印象しかなかったマンデラが、実際にどのような困難に遭遇し、乗り越えたかが平易に紡がれ、伝記映画としてはうまくつくられている。
   20世紀の後半であっても、肌の色だけで差別されるこうした不条理な社会が現実に存在したという事実に、有色人種の一員である私たちはもっと目を向けるべきなのだ。まして、現在においても、肌の色のみならず、性別や宗教の違いなどで、いわれなき差別は存在する。マンデラの軌跡を目の当たりにして考えさせられることも少なくないが、チャドウィックはあくまでも感動のエンターテインメントとして、ヴィヴィッドに映像を紡いでいく。
   マンデラの存命中に撮影が行われたこともあって、いくら美化しないといっても人間臭く描くのはいささか遠慮があったか。妻たちとの関係は比較的正直に綴られてはいるが、描き方に節度が感じられる。もっとも聖人のように祭り上げていないし、描写の端々に実像はもっと女性好きで個性の強い存在であったことを伺わせる。
   本作の人間ドラマとしての要は、マンデラと2度目の妻ウィニーとの確執にある。愛しあいながら、27年も隔てられたふたりの心がどれほど食い違ってしまったかが克明に描かれる。お互いに運動に身を呈しながら、獄中と現実生活の違いが大きく作用し、心も乖離していく。歳月は取り返しがつかないし、人の気持ちは移ろう。
   しかし、そうした代償を支払ったからこそ、「生まれながらに、肌の色や育ち、宗教で他人を憎む人などいない。人は憎むことを学ぶのだ。もし憎しみを学べるのなら、愛を教えることもできる」という彼のメッセージに傾聴したくなる。マンデラの生涯を遠い異国で起きたことと片づけずに、彼のことばを心に沁みこませる。本作の意義はここにある。

 出演者では、まずエルバの熱演が光る。溌剌とした青年時代から長年の収監生活で容姿が一変した老境まで、際立った個性で演じきる。彼を起用したことでマンデラの強靭さはくっきりと浮かび上がることになった。
 さらに『007 スカイフォール』のナオミ・ハリスがウィニーを演じて、エルバに対峙する。ふたりの激しい演技合戦も見ものだ。この他、『インビクタス/負けざる者たち』のトニー・キゴロギをはじめ、南アフリカを代表する俳優が出演。なじみはないが充実した演技を披露してくれる。

 偉人伝と敬遠しがちな意匠だが、見応え充分。生真面目にマンデラの軌跡を知りたい人も、愛と葛藤の人間ドラマをお求めの方にも対応できる仕上がりだ。