『エジソンズ・ゲーム』は実在した天才同士の確執をスリリングに描いた、見応え十分の人間ドラマ。

『エジソンズ・ゲーム』
4月3日(金)よりTOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー
配給:KADOKAWA
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公式サイト:https://edisons-game.jp/

 

偉人を題材にした伝記映画は、とかくきれいごとに終始する作品が多いものだが、少しだけリアルに描くと格段に面白くなるという見本のような映画がここに登場した。

紡がれるのは、天才発明家トーマス・エジソンと、カリスマと称えられる実業家ジョージ・ウェスティングハウスとの電力制覇を巡る戦い。未来の力“電力”をどちらが制するか、ふたりは徹底的に反目しあっていく。エジソン、ウェスティングハウスのみならず、JPモルガンやニコラ・テスラなど、アメリカの礎を築いた人たちもストーリーの一翼を担っている。いかにもアメリカ的なビジネスの戦いがスリリングに描かれる仕組みだ。

脚本を書いたのはマイケル・ミトニック。戯曲も書けば、作詞作曲もするという才人で、映画化作品としては『ギヴァー 記憶を注ぐ者』が知られている。そもそもこのアイデアはミトニックがイェール大学演劇大学院在学中に、歴史からミュージカルを発想するという課題で思いついたものという。ミュージカルの台本として書き上げたものだったが、エージェントのアドヴァイスに従って、エジソンについて徹底的にリサーチ。歴史学者ポール・イスラエルの協力を得たばかりか、エジソンのノートや日記、公文書に至るまで調べ上げて、人間ドラマとして書き上げた。

通常の成功物語とは異なり、天才の長所も短所も書きこんだ内容は耳目を集めることとなり、『ウォンテッド』のティムール・ベクマンベトフが製作を担当、テレビシリーズの「glee/グリー」や『ぼくとアールと彼女のさよなら』などを手がけたアルフォンソ・ゴメス=レホンが監督を任された。

ゴメス=レホンはマーティン・スコセッシの『カジノ』、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの『バベル』、ノーラ・エフロンの『ジュリー&ジュリア』、ベン・アフレックの『アルゴ』などの第2班監督として活動。その演出力を磨いてきた。製作総指揮にスコセッシの名があるのは、彼との絆の深さの表れである。特筆すべきは撮影監督に『親切なクムジャさん』などのパク・チャヌク作品で注目されたチョン・ジョンフンが参加していること。ゴメス=レホンとは『ぼくとアールと彼女のさよなら』に続いてタッグを組んだ。

テレビシリーズ「SHERLOCK/シャーロック」や『ドクター・ストレンジ』でお馴染みのベネディクト・カンバーバッチがエジソンを演じるのをはじめ、キャストはクセ者揃い。

対抗するウェスティングハウスには『ノクターナル・アニマルズ』のマイケル・シャノンが扮し、『トルーキン 旅のはじまり』のニコラス・ホルトがニコラ・テスラ役。さらに『スパイダーマン:ホームカミング』のスパイダーマン役で人気上昇中のトム・ホランドがエジソンの助手役で出演している。女優陣は『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』のキャサリン・ウォーターストンに『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』のタペンス・ミドルトンが起用されている。

 

19世紀末、電気の誕生によってアメリカは新時代を迎えていた。

白熱電球の事業化を成功させた発明家エジソンは周囲から天才と称えられ、大統領からの仕事も平然と断るほど傲慢になっていた。

実業家のウェスティングハウスは、一度はエジソンと組もうと考えていたが、会合をすっぽかされて反感を抱く。彼はエジソンが提唱する“直流”による送電方式よりも、遠くまで電気を送れて安価な“交流”式送電を採用する。

JPモルガンが支援するエジソン社に入社したニコラ・テスラも“交流”の活用を提案するが、エジソンは聞く耳を持たなかった。

ウェスティングハウスはほどなく“交流”の実演会を成功させる。このニュースに激怒したエジソンはネガティブキャンペーンを開始。“交流”方式が危険であると吹聴する。怒りの収まらない彼は“交流”式が危険な証拠として、秘密裏に電気椅子を考案するが、そのことは“人を傷つける発明はしない”というエジソンの信条に反するものだった。

両陣営が訴訟や駆け引きを繰り返し、裏工作が横行するなか、ウェスティングハウスはテスラと組み、さらに優位な立場を築いた。この戦いを制したのはどちらだったのか――。

 

現在の状況を考えれば、どちらが勝者となったのかは明らかなのだが、アルフォンソ・ゴメス=レホンはきびきびとした演出で最後までテンションを保ち続ける。しかも、この戦いの原因はひとえにエジソンの人間性にあったという展開は、これまでのエジソンのイメージを覆すものだ。

人から持ち上げられて傍若無人となり、自分より優れた発想はなによりプライドが邪魔して認めない。状況が悪くなると、さらに判断が感情的になるキャラクターは確かにドラマの主人公としてこの上なく魅力的である。それに対してウェスティングハウスの方が常識的ではるかに人間的な温もりがある。ビジネスにとって何が有利かをもとに判断している。天才と持ち上げられなかったがゆえに冷静な判断ができるのだ

ゴメス=レホンはふたりの軌跡を軸に、新時代の黎明期、そのビジネスチャンスに蠢く人間たちを魅力的に浮かび上がらせる。冷徹非情なJPモルガン、エジソン以上の天才と持ち上げられたい貧しい移民のニコラ・テスラ。それぞれがエジソンの周囲で強烈な光を放つ。彼らがその後のアメリカの経済、文明の礎となったわけで、エピックドラマとしてはグイグイと惹きこまれる面白さだ。

 

ベネディクト・カンバーバッチが感情に左右されるエジソンを熱演すれば、ウェスティングハウス役のマイケル・シャノンがいつもの激烈な個性を封印して、思慮深い受けの演技に徹する。カンバーバッチはまさにシェークスピア劇さながら、堂々たる演技を披露してくれる。加えてニコラス・ホルトがニコラ・テスラをロマンチックに演じ、トム・ホランドがエジソンの忠実な秘書を爽やかに表現する。このキャスティングはまことに正解だった。

 

本作の不幸は製作にハーヴェイ・ワインスタインが絡んだことで、彼の現場への口出し、後に引き起こしたスキャンダルによって、一時期、作品自体が暗雲にさらされることになった。これを打開したのは製作総指揮のマーティン・スコセッシをはじめとするスタッフ、キャストたち。ベネディクト・カンバーバッチや脚本家のマイケル・ミトニックなども製作総指揮に加わり、ディレクターズカットの編集でワインスタインの影響を排した作品として完成させた。日本の公開はこのディレクターズカット版である。

 

どこまでも人間的な天才エジソンの軌跡を、彼が発明したキネトスコープを源のひとつとする映画で楽しむ。これもまた乙な趣向ではないか。