『1917 命をかけた伝令』は戦場の臨場感、緊迫感に翻弄される、とことん没入できる映画。

『1917 命をかけた伝令』
2月14日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
配給:東宝東和
© 2019 Universal Pictures and Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.
公式サイト:https://1917-movie.jp/

 

本作は第77回ゴールデン・グローブ賞ではドラマ部門の作品賞と監督賞を受賞。さらに第73回英国アカデミー賞では作品・監督・撮影・プロダクション・デザイン・音響・特殊視覚効果・英国作品賞に輝いた。

そして先日行われた第92回アカデミー賞において、にわかに盛り上がった『パラサイト 半地下の家族』旋風に拮抗し健闘。アカデミー撮影賞、録音賞、視覚効果賞といった技術部門を手中に収めた。これぞ没入感に浸れる戦争映画である。

考えてみれば、緊迫した戦場で人と人がただただ殺しあう戦争映画は、人間というものの根源的な資質を描くのに最適なジャンルだ。

ちょっと頭に浮かぶ作品を挙げてみても『ディア・ハンター』や『地獄の黙示録』、『フルメタル・ジャケット』、『プラトーン』などの昔から、『プライベート・ライアン』や『ブラックホーク・ダウン』、『アメリカン・スナイパー』、『ダンケルク』などなど、傑作も数多い。とりわけ近年は、あたかも戦場にいるかのような臨場感に溢れた作品が主流になっている。

本作はそうした戦争映画の最先端を行く。描かれるのは今から100年以上も前の第1次世界大戦。フランス西部戦線を背景に、果てしない泥沼のような戦いを続けるドイツ軍と連合国の塹壕戦の最中に、重要任務を託されたふたりのイギリス軍伝令の軌跡が紡がれる。ふたりの伝令が辿るさまざまな戦場の体験を通して、戦争という地獄の実相が明らかになる仕掛けだ。

臨場感を極め、戦場にいるような感覚に観客を誘う。“描かれる世界への没入体験”を導き出すために、カメラはとことんふたりの伝令に密着し、彼らが遭遇する出来事のみを克明に描いている。採用されたのが、“ワンシーン、ワンカット”的な長回しだ。

カメラは途切れることなくふたりを捉え続ける。彼らの行動に連れて景色が、状況が変貌していく。観客はふたりと同様に、何が起きるか分からないままに前進することの緊張感、戦場で遭遇する恐怖に襲われることになる。

この手法を編み出したのは、イギリスの匠サム・メンデスだ。英国レディングで1965年に生を受けたメンデスはケンブリッジ大学卒業後、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーで演出家としてキャリアを始め、イギリスの演劇界で名を馳せるとともに、アメリカでも注目を集める存在となる。

映画監督デビュー作は1999年の『アメリカン・ビューティー』。平凡な一家の崩壊する過程を辛辣かつコミカルに描き出して絶賛を浴び、アカデミー作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞、撮影賞に輝く。

その後もクライムドラマの『ロード・トゥ・パーディション』、戦争映画の『ジャーヘッド』、1950年代のアメリカを背景にした辛辣な人間ドラマ『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』などを発表。決して多作ではないが、どんなジャンルにも対応できる演出力を発揮した。

その資質が際立ったのが『007 スカイフォール』と『007 スペクター』である。英国の誇る長寿シリーズを引き受け、みごとな手腕を発揮。アクションにも才のあるところをみせた。

本作は実際に第1次世界大戦に従軍したメンデスの祖父の体験談をもとにアイデアを膨らましたもので、若手女性脚本家クリスティ・ウィルソン=ケアンズと組んで、とことん練りこんだシナリオを構築した。

ワンシーン、ワンカット的映像を実現させるために、スタッフ、キャストと徹底的にリハーサルを重ねたという。ミスをすれば最初からやり直さなければならないという緊張感漂う撮影現場のなかで、撮影監督ロジャー・ディーキンスは広大なセットを出演者とともに走り回り、スタッフたちも懸命に指示に従う。呼吸を合わせ、キャストと撮影チームが一丸となった成果がダイナミックな映像に結実している。もちろん、VFXなども万全。まさにプロフェッショナルの仕事ぶり。脱帽である。

主演は『16歳、戦火の恋』のジョージ・マッケイに『ブレス しあわせの呼吸』のディーン=チャールズ・チャップマン。日本ではなじみがないが、知られていない容姿が作品の迫真力を増すことになった。まさに狙ったキャスティングといえる。コリン・ファースやマーク・ストロング、ベネディクト・カンバーバッチなど、知名度の高い俳優たちが脇を固めているのも狙い、英国らしい洒落た趣向である。

 

1917年のフランス西部戦線。イギリス軍の兵士スコフィールドとブレイクは、ドイツ軍を追撃中のマッケンジー大佐への伝令を命じられる。

ドイツ軍は撤退したと見せかけて待ち伏せしているので、翌朝に計画されている部隊の攻撃を直ちに中止すべしとの内容だった。

ふたりは夜明けまでに前線のマッケンジー部隊に追いつかなければならない。ふたりの決死の行動が始まった……。

 

いってみれば、ふたりの兵士と巡る地獄紀行。近代戦の幕開きとなった第1次大戦の消耗戦の実相が映像にくっきりと焼きつけられていく。見る者はふたりの兵士と同様に、塹壕のなかで累々と並ぶ死体に慄き、廃墟と化した町での戦いに無我夢中に突き進んでいく。まさに生き延びるため、命令を伝達するためには、敵を倒すしかないのだ。

メンデスはテンションを画面に横溢させ、じりじりするようなサスペンスで押しまくる。息つく間もない展開にただただ翻弄され、カタルシスをもたらす最後に深い感動を覚える。

 

広大なセットを組み、膨大な数のエキストラを用意して、長回しで一気に撮りあげる。メンデスの途方もないアイデアを可能にしたスタッフ、キャストに拍手を送りたくなる。戦場を体験する映画、一見に値する。