『男と女 人生最良の日々』は時の流れの非情さと生きることの哀歓をさりげなく描き出した逸品。

『男と女 人生最良の日々』
1月31日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマほか全国ロードショー
配給:ツイン
© 2019 Les Films 13 – Davis Films – France 2 Cinéma
公式サイト:http://otokotoonna.jp/

 

映画の歴史のなかで、稀有な光を放つ作品の登場である。

1966年の第19回 カンヌ国際映画祭において、ピエトロ・ジェルミ監督の『蜜がいっぱい』とともにパルム・ドールに輝いた『男と女』といえば、流麗な映像と音楽のアンサンブルがみごとな恋愛映画として今も世界中から愛されている。その世界がスクリーンに戻ってきたのだ。

53年の歳月を経たにもかかわらず、同じ男女優の主演で、しかも同じキャラクターを演じるというのだから驚くばかり。当然、監督は同じクロード・ルルーシュとなるが、まずもって半世紀以上の期間を経ても出演者が健在であったことを素直に喜びたい。

もっとも、アヌーク・エーメ扮するアンヌ・ゴーチェと、ジャン=ルイ・トランティニャン扮するジャン・ルイ・デュロックの物語は、1986年に『男と女Ⅱ』という邦題で登場したことがある。1966年の恋から20年後のふたりを描いたストーリーだったが、アヌーク・エイメの美しさ以外は心に響くものはなかった。仕事や愛に忙しく日々を送るふたりの、経った時間の長さを実感させるまでには至らなかったのだ。

それから33年、三度目のアンヌとジャン・ルイの物語には人生の黄昏を迎えたものが放つ哀歓に満ちている。もはや先の見えた人生を歩む老境の日々。既に激しい感情は失せ、ただ終わりの来るのを待っている男と女がいる。二人が再会したとき、かつての情愛を呼び起こすことができるのか。本作のテーマはここにある。

クロード・ルルーシュの徹底の仕方は主演俳優だけではない。『男と女』でふたりの子供を演じたアントワーヌ・シレとスアド・アミドゥまでそのまま起用してみせた。ドーヴィルの海岸を戯れていた子供たちが、もはや初老になっている。そこにも時の流れの非情さを思い知ることになる。

脚本は『男と女』でアメリカ・アカデミー賞脚本賞に輝いたピエール・ユイッテルヘーベンと『アンナとアントワーヌ 愛の前奏曲(プレリュード)』のヴァレリー・ペラン。ルルーシュのイメージをもとにセリフを紡いでいった。また『男と女』の魅力に貢献したフランシス・レイは昨年、死亡してしまったが、本作に2曲を提供。フランスのポップロック歌手カロジェロとともにつくりあげた。もちろん忘れがたいレイの名曲も挿入される。

 

かつてはレーシング・ドライヴァーとして鳴らし、数多くの浮名を流したプレイボーイ、ジャン・ルイは、年齢には勝てずに過去の記憶が失われ、海辺の施設暮らしている。

ジャン・ルイの息子アントワーヌは、長年、父が愛し続けた女性アンヌを探し出す。アンヌの経営する店を訪ね、ジャン・ルイの近況を説明し、もう一度、父と会ってくれないかと懇願する。

アンヌはジャン・ルイのいる施設を訪れ、ふたりは久しぶりの再会を果たした。しかしジャン・ルイは、相手がアンヌだと気づかず、アンヌへの思いを話し始める。

いかに自分が愛されていたかを知ったアンヌは、ジャン・ルイを連れて思い出の地ノルマンディーへと車を走らせる。あまりにも長すぎた空白、だがふたりは物語の新しい章をはじめていく――。

 

人間は誰しも老いる。物忘れもひどくなる。時には思い出せない出来事だってある。それが長く生きていくことだし、呆けることもその一環に過ぎない。本作が明らかにしているのは、どんなヒーロー、ヒロインだって老いるという事実だ。ルルーシュは巧みに1966年の『男と女』のシーンを挿入しながら現在の映像とつなぎ、時の流れの容赦の無さを浮き彫りにする。誰にも老いが来る事実を目の当たりにするのだ。そして老いが決して悪いことではないこと、受け入れて生きるべきものだということを静かに語りかける。

若き頃に生み出した『男と女』の気分を蘇らせるべく、ルルーシュは軽やかに綴っていくが、1937年生まれとなればそこに諦観や無常感が漂うのは納得できる。生きていることは切なく、愛おしいという思いが映像を通して伝わってくるのだ。

ルルーシュ自身は『男と女』を見ていなくとも楽しめるように工夫したとコメントしているが、もちろん『男と女』を見ておいた方がいいに決まっている。20歳代だったルルーシュが映像のあらゆる技法を使って、30歳代の圧倒的な色香を誇るアヌーク・エーメと寡黙な存在感のジャン=ルイ・トランティニャンの魅力を浮き彫りにし、フランシス・レイのメロディセンスを存分に取り入れてみせた。

筆者は1966年10月15日、この映画の初日に日比谷映画街のみゆき座に馳せ参じた記憶がある。まだ高校生だったがたちまち映像に惹きつけられたことを覚えている。それから53年、『男と女』と『男と女 人生最良の日々』の間に、登場するキャラクターと同様に、画面を見つめた私たちにもいろいろなことがあった。然り、この2本に自分の人生や記憶を重ね合わせると、この上なく切ない気分になるのだ。ジャン・ルイとアンヌの軌跡を通して、自分たちの記憶を蘇らせる。これもまた映画の楽しみのひとつでもある。

 

驚くのはアヌーク・エーメとジャン=ルイ・トランティニャンの魅力が衰えていないことだ。トランティニャンの方は『トリコロール/赤の愛』や『愛、アムール』など、年齢を重ねても話題作に出演していたが、エーメは近年、目立った活動はしていないようだったが、本作を見て魅力がいささかも衰えていないことを再確認した。確かに皺は増え、身体は厚みを増したが、活き活きとした表情と目を奪う仕草、色香は今も素晴らしい。本作には魅力的女性の代名詞、モニカ・ベルッチも客演しているのだが、エーメの存在感にかすみがち。トランティニャンとエーメ、ふたりの素敵な老い方には拍手しかない。

 

筆者と同じくリアルタイムで『男と女』を鑑賞した人は必見。そうでない人はデジタル・リマスター版が発売中なので、瑞々しい映像となった『男と女』を鑑賞してから、本作をみていただきたい。素敵な仕上がりだ。