第72回カンヌ国際映画祭最高賞パルム・ドールを受賞した、ポン・ジュノ監督の最新作にして、最高作の登場である。
韓国映画としては初のパルム・ドールとなるが、ポン・ジュノの名は既に世界で知られていた。
これまで、彼の監督作は、『グエムル-漢江の怪物-』(2006)が同映画祭監督週間に出品されたのをはじめ、オムニバスの『TOKYO!』(2008)、『母なる証明』(2009)が“ある視点”にノミネートされた、そうして2017年に『オクジャ/okja』でコンペティション部門にノミネートされたのに続き、本作が5度目のカンヌでの上映となった。ポン・ジュノが監督として世に出したのは本作を入れて10作品。そのうちの5作品がカンヌで上映されたことになる。ポン・ジュノの力量は各国で早くから認知されていた。
2013年にアメリカ、フランスとの合作で、フランスの大ヒットコミックをもとにしたSF大作『スノーピアサー』に起用され、2017年にはブラッド・ピットの製作総指揮による『オクジャ/okja』(Netflix配信)で話題をまくなど、活動は海外に及んでいた。
長編監督第1作『ほえる犬は噛まない』では、巨大な団地の人間模様を辛辣かつコミカルに描き出し、第2弾『殺人の追憶』では実在の連続殺人事件に材を取り、ミステリー的サスペンスのなかに、時代に翻弄される韓国の姿を活写して、世界中から絶賛を浴びた。
続く『グエムル―漢江の怪物―』はモンスター・パニック映画でありながら、韓国政府を痛烈に風刺。さらに『母なる証明』では息子の無実を信じる母の姿をサスペンスフルに描き出した。
いずれもエンターテインメントとして圧倒的に面白く、しかも社会や政府、歴史に対する視点はこの上なく鋭く、韓国が抱く問題の核心を突いてくる。まさに対象を選ばずに、楽しませながら問題をさりげなく提起する匠なのだ。聞けば、右派政権時代にはブラックリストに載せられていたという。社会に向けた視点が仮借なく鋭い彼に対する反応としては、最悪なものだ。
先ほど本作がポン・ジュノの最高作と書いたがいささかの誇張もない。これまで多彩なジャンルに挑んできたポン・ジュノの集大成といっても過言ではない。
家族を軸にしたユーモア満点の痛快なコメディとして展開していきながら、次第にアクション的要素、サスペンス描写が詰め込まれ、予断を許さない語り口で、最後には深い余韻と感動に包まれる。分かり易く、メッセージも際立つ。まさに社会的なメッセージを内包したエンターテインメントの鑑のような作品だ。
出演者も素晴らしい。韓国映画界の名優にしてポン・ジュノ作品の常連ソン・ガンホ。ポン・ジュノ作品はこれが4作目となるが、庶民の父親を演じたら抜群の存在感。滑稽でどこか哀しみが漂う演技は右に出る者がない。
さらに『ポエトリー アグネスの詩』のチェン・へジン、『ヘウォンの恋愛日記』のイ・ソンギュン、『情愛中毒』のチョ・ヨジョンが脇を固め、『オクジャ/okja』のチェ・ウシク、『プリースト 悪魔を葬る者』のパク・ソダムといった若手が溌溂とした演技を披露する。日本にあまり馴染みのない顔ぶれながら、みごとなアンサンブルを形成している。
キム一家は全員が失業中。日光も電波も入りにくい半地下で暮らすことを余儀なくされている。貧乏で展望はないが、父親キム・ギテク、母キム・チュンスク、長男キム・ギウ、長女キム・ギジョンは肩寄せあって仲良く暮らしていた。
事態が変化したのは、大学受験に失敗続きのギウがエリートの友達から家庭教師の仕事を紹介されたことだった。
身分を偽ってIT企業を経営するパク社長の大豪邸に入り込んだギウは美術の家庭教師として妹のギジョンを紹介した。ここから事態は思いもよらない展開をみせ、キム一家を翻弄することになる――。
ポン・ジュノは詳細なストーリーの紹介を避けるようにプレスリリースに記している。彼の願いは正当だ。何も知らないで作品に触れた方が数倍楽しめる。彼の願いに従って、ここは見てのお楽しみと書いておきたい。
約束できるのは、見る者の予測もつかない、驚くべき展開が待ち受けていること。「パラサイト」という題名が何を表しているのか、見ていくうちに得心できるし、最後に至って深い感動が待ち受けている。それぞれが善人だが目端の利くキム一家にどんな運命がもたらされるのか。まさにポン・ジュノの掌の上で翻弄されるごとく、ポン・ジュノの巧みな脚本、圧巻のストーリーテリングが見る者を圧倒し尽す。各国の批評が絶賛なのも納得できる。これほどエンターテインメントのあらゆる要素を詰めこみ、深い感動に誘う作品はあまり例がない。
なかでも韓国の格差社会の現実がくっきりと描かれていることに驚かされる。庶民はどこまでも貧しく、仕事を得ることすら難しい現実。ただ一握りの成功者が我が世の春を謳っている状況がくっきりと描かれる。この絶対的な二極化は韓国だけではなく、日本を含めた世界中の現実だ。こうした世界的な病巣を題材にしながら、ポン・ジュノは快調に笑わせ、痛快さで押し通す。観客の予断を許さず、最後に衝撃的な結末を用意している。この力技には誰もが脱帽するはずだ。
ポン・ジュノの意を汲んだ出演者もみごとな演技を披露してくれる、キム・ギテク役ソン・ガンホのユーモアとペーソスに溢れた演技もみごとだが、キム・チュンスク役のチャン・へジンの臆面のなさ、キム・ギウ役のチェ・ウシクとキム・ギジョン役のパク・ソダムの、いかにもな現代っ子ぶりも心に残る。さらに世間知らずなパク社長の妻を演じたチョ・ヨジョンの天真爛漫なキャラクターも印象的だ。
2020年、オリンピックに浮かれるであろう日本。その後に何が待ち受けているのか。格差が広がるばかりのこの国にいることを、この作品で再認識する。再度いいたい。これは傑作である。