『真実』は是枝裕和がカトリーヌ・ドヌーヴ主演で挑む、ユーモアを湛えた家族の物語。

『真実』
10月11日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
配給:ギャガ GAGA★
©2019 3B-分福-MI MOVIES-FRANCE 3 CINEMA
Photo L. Champoussin © 3B-分福-Mi Movies-France 3 Cinéma
公式サイト:https://gaga.ne.jp/shinjitsu/

 

『万引き家族』がカンヌ国際映画祭の最高賞パルム―ドールに輝いたことで、世界にその名を知られた是枝裕和の最新作である。

今度はフランスの大女優カトリーヌ・ドヌーヴとジュリエット・ビノシュが競演し、アメリカからはイーサン・ホークも参加するという国際的なプロジェクト。しかも演出ばかりか脚本も是枝監督が手がけたというから注目したくなる。聞けば、構想8年というから『奇跡』を手がけた頃か。ジュリエット・ビノシュと意気投合したことからはじまったのだという。

その間に『そして父になる』、『海街diary』、『海よりもまだ深く』、『三度目の殺人』、『万引き家族』と作品を重ね、『そして父になる』がカンヌ国際映画祭審査員賞に輝くなど、是枝監督の認知度はさらに高まったのだから、国際共同制作作品としてはベストのタイミングといえる。撮影に『クリスマス・ストーリー』や『帰れない二人』などで知られるエリック・ゴーティエを起用し、録音、美術、衣装もヨーロッパの才能で固めている。これだけのスタッフ、キャスティングが実現したのも、是枝監督の認知度の高さのゆえだろう。

脚本は是枝監督の書いた第1稿をもとに、プロデューサーたちが日仏の文化の違い、フランス人ならではの気質を指摘。適宜、修正を加えて完成させたのだという。そこには監督自身がカトリーヌ・ドヌーヴ、ジュリエット・ビノシュ、イーサン・ホークに取材した、それぞれのキャラクターに対する印象が役柄に反映されている。

共演は『スイミング・プール』のリュディヴィーヌ・サニエ、新人のマノン・クラヴェ・ル。さらに『影の軍隊』のアラン・リボル、『銀幕のメモワール』のクリスチャン・クラエが脇を固めている。

 

フランスの国民的大女優ファビエンヌ・ダンジュヴィルは、発刊される自伝「真実」の宣伝のための取材を自宅で受けている。気ままで不遜な態度の彼女に取材者は取り付く島もなかったが、そこにニューヨークから脚本家の娘リュミールが、テレビ俳優の夫ハンクと孫を連れてやってくる。

ファビエンヌを長年支えてきた秘書のリュック、現在のパートナーが娘家族の訪問を歓迎するが、リュミールはひたすらファビエンヌに自伝を読ませろと迫る。

出版社から送られてきた本を一晩で読み上げた彼女はファビエンヌに「真実はどこにある」と詰問する。「事実なんて退屈」といいきるファビエンヌだったが、リュミールがファビエンヌのかつての親友でライバルの、今は亡きサラの名前がないことを指摘すると、表情を曇らせた。ファビエンヌはサラのことを気に留めていて、次の新作映画の出演を決めたのは“サラの再来”といわれる新進女優が出演することが理由だった。

自伝はさらに波紋を引き起こす。名前が一切出てこないことに衝撃を受けたリュックが辞職を宣言したことから、図らずもリュミールが秘書の役目を引き受けることになる。新作の撮影現場に出かけ、ひさしぶりに母の仕事ぶりを目の当たりにする。おとなになって初めて分かる感慨を覚えたリュミールだったが、彼女には母に対してどうしても許せない事柄があった――。

 

したたかで傲慢、自分勝手ながら憎めない。欠点はいっぱいあって、長所は少ないのに、ユーモアをたたえていて、愛さずにはいられない。こんな女性像をカトリーヌ・ドヌーヴが演じるのだから応えられない。女優であることを優先し、母であることを二の次にしていながら、心の奥底には深い感情を秘めている女性像を軽やかに演じてみせる。

これまでの是枝作品、『歩いても 歩いても』や『海よりもまだ深く』における母親像は樹木希林の絶妙な個性に負うところが大きかった。優しく温もりがあるなかで、どこかに闇の部分も有している母親。このイメージがどこかで本作の母親像に重なって見える。女優の母は、子育てなど人任せ、どこまでも演じること、自分を磨くことに懸命だった。あえていえば、母親を放棄した生き方を平然と貫いたところが、自分の生き方を譲らない樹木希林的母親に重なる。是枝監督を育んだ母親像は常に奥行きがあって逞しい。

映画の基本線は母と娘の確執だ。同性であるだけに、見る目は厳しい。娘リュミールは自分も女優になりたかった気持ちをどこかに有している。母に憧れるところが大きいのに、母の私生活、実像がそれを妨げてきた。だが、大人になって、母を見直す(あるいは受け入れる)気持ちになっていく。このあたりの演技を、ジュリエット・ビノシュがきっちりと演じ切る。ゆったりと存在感とオーラで表現するドヌーヴに、どこまでも演技に燃えるビノシュ。ふたりの対照的なアプローチがみものである。

是枝監督はここでは明快にコメディを志向している。重苦しい家族の確執ではなく、母子の和解のドラマを目指した。家族や親は選べるものではなく、どんな欠点を持っていても受け入れるしかない存在だ。であれば、素直にその人となりを認めよう。是枝監督の思いはここに行き着く。国際共同制作第1弾としては分かり易く、ドヌーヴの輝きにみちた仕上がりとなった。

女優を軸に据えたことで映画の撮影現場にカメラを向け、監督の持つドヌーヴの映画的記憶を再現するなど、そこかしこに楽しんで撮ったシーンが散りばめられている。ハンク役のイーサン・ホークなど、ストーリー的には大して活躍するわけではないが、居るだけで安心感を与える。贅沢だが的を射たキャスティングといえる。

 

見終わったときに温もりのある感情に包まれる作品。是枝裕和が今後、どんな作品にアプローチするか、ますます楽しみになる。