『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』はクエンティン・タランティーノの映画愛に満ちた傑作!

8月30日(金)よりTOHOシネマズ日比谷、グランドシネマサンシャインほか全国ロードショー
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
公式サイト:http://www.onceinhollywood.jp/

 

1992年に『レザボア・ドッグス』で監督デビューを果たして以来、クエンティン・タランティーノは“シネフィル”を名乗り、決して数は多くないが、個性的な作品を生み出し続けている。

子供の頃から母親とともに映画館に入り浸っていたタランティーノは、高校を中退して劇団に参加。ここで演技を学び、さらに演出や脚本に対する興味も増幅させた。22歳になるとビデオショップの店員となって、あらゆる映画をみまくったというのは有名なエピソード。アメリカ映画、ヨーロッパ映画の古典やB級作品から、千葉真一をはじめとする日本映画、香港アクションまで、映画に関する知識はここで培われた。

早くも監督2作目、1994年の『パルプ・フィクション』でカンヌ国際映画祭パルム・ドールに輝いたのは記憶に新しい。タランティーノの名は世界に知られ、以降、オムニバスの『フォー・ルームス』の監督参加を経て、エルモア・レナード原作の『ジャッキー・ブラウン』、B級アクションのオマージュの『キル・ビル』2部作に続く。さらにフランク・ミラーのコミック映画化『シン・シティ』に参加した後、ロバート・ロドリゲスと組んだB級映画専門映画館のオマージュ、『グラインドハウス』などが続く。いかにもシネフィルらしい作品歴といえる。

さらに2009年には第2次大戦を背景にした『イングロリアス・バスターズ』では戦争映画の常識を覆し、『ジャンゴ 繋がれざる者』(2012)ではアフリカ系ヒーローを登場させたマカロニウェスタンのオマージュを生み出した。さらに2015年にはウェスタン・ミステリー『ヘイトフル・エイト』を世に問う。敬愛するエンニオ・モリコーネを音楽に起用したことも話題となった。

 

そこから4年の間隔を経て本作の登場となる。これまでさまざまなジャンル映画を題材にしてきたタランティーノが、いよいよ思入れの深い1960年代のハリウッド・ショービジネス世界を題材にする。

この時代はスティーヴ・マックィーンやクリント・イーストウッドなどがテレビシリーズから映画に転じてスターダムになり、マカロニウェスタンが世界的に評価されるなど、ハリウッドが変わりつつあった。社会的にはベトナム戦争を契機にした学園闘争、ヒッピーたちのドロップアウトやコミューンなど、アメリカ全体が揺れ動いていた時代だった。とりわけ映画の背景となる1969年は、アポロ11号が7月20日に月に降り立ち、ハリウッドでは8月9日にシャロン・テイト惨殺事件が起きるなど、衝撃的な事件が相次いだ。

タランティーノはこのハリウッド激動の年にあえて時代を設定し、当時の映画界をノスタルジックに称えてみせる。子供時代に憧れた眼差しそのままに、自らの脚本で俳優たち、スタッフたちの日常を軽快に描き出し、映画界讃歌を紡いでいく。

主人公になるのは、人気の盛りを過ぎたテレビ俳優のリック・ダルトンと彼のスタントマン兼付き人のクリフ・ブース。実在のバート・レイノルズと後に監督にもなったスタントマンのハル・ニーダムをほうふつとする、友情の絆を結んだふたりの日常を、映画は軽やかに描く。撮影所の俳優たち、スタッフの真剣な仕事ぶりを誠実に紡ぎ、武術指導をしていたブルース・リーのエピソードを織り込むなど、緩急自在。プレイボーイ誌の創始者ヒュー・ヘフナーの華やかなパーティではスティーヴ・マックィーンも登場するなど、随所にオールド映画ファンを喜ばす仕掛けが散りばめられている。

出演は『ジャンゴ 繋がれざる者』に顔を出したレオナルド・ディカプリオと『イングロリアス・バスターズ』に出演したブラッド・ピット。両者とも2作目のタランティーノ作品となるが、ボケとツッコミよろしく、コンビぶりが群を抜いて楽しい。

共演はシャロン・テイト役に『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』のマーゴット・ロビーを配し、名優アル・パチーノ。さらにカート・ラッセル、ブルース・ダーン、マイケル・マドセンなど、タランティーノ作品にはお馴染みのメンバーが集結している。

 

テレビで少しは知られた俳優、リック・ダルトンは人気の頂点を過ぎたことに焦っていた。主役より脇役が増えたことが悲しいが、仕事はしっかりこなすのが身上。撮影に汗する日々が続く。付き人的なスタントマンのクリフ・ブースはダルトンを支え、相棒的な存在。ダルトンの話し相手であり、馬鹿騒ぎもともにする心許せる仲間だった。

撮影所でダルトンが仕事をする間、ブースはスタント仕事を探し、時には街に出てヒッピーだらけの状況を観察したりする。

ダルトンの隣の邸宅にロマン・ポランスキー、シャロン・テイト夫妻が引っ越してきた。時代の寵児となったポランスキーと、スターになる直前のテイト。輝くばかりのふたり、とりわけ美しいテイトにふたりは釘付けとなる。

ダルトンはマカロニウェスタンの出演を決意。イタリアに向かい、そこで新妻まで設けて戻ってきた。それでもブースとの仲も変わらない。

そして1969年8月9日。運命的な事件が勃発した――。

 

全編に1969年への憧憬が覆いつくす。まさしく子供時代のタランティーノの憧れが至るところに顔を出す。「FBI」をはじめ、当時人気のテレビシリーズが登場するのも、当時の映画ファンらしさが顔を出す。スティーヴ・マックィーンの『大脱走』起用のエピソードなども、いかにもありそうで、思わずニヤリとさせられる。こうした小ネタの集積とともに、ダルトンとブースが「不思議の国のアリス」のウサギのごとく、1969年の“子供時代のタランティーノが憧れた”ハリウッドに誘ってくれる。

感情過多、抜けたところのあるダルトンと頼りになるブースの関係がなんとも心地よく、その理想的な絆に大いに好感を覚える。タランティーノの視点もこれまでのような映画通を気取る皮肉っぽいところがなく、ひたすらノスタルジックに心地よく、エンターテインメントに徹している。

もちろん、撮影所の仕事ぶりも愛情込めて描かれるし、ヒュー・ヘフナーのプレイボーイのパーティもゴージャスに再現される。昔ながらの伝統が未だあったハリウッドの最後の輝きを、タランティーノが思い入れたっぷりに浮かび上がらせている。

これまでの作品同様、タランティーノのお眼鏡に適ったヒット曲の数々が全編に流れる。ディープ・パープルの「ハッシュ」やポール・リヴィアとレイダースの「ハングリー」、バフィ・セント・メリーの「サークル・ゲーム」、サイモン&ガーファンクルの「ミセス・ロビンソン」、ヴァニラ・ファッジの「ユー・キープ・ミー・ハンギン・オン」、ローリング・ストーンズの「アウト・オブ・タイム」などなど盛り沢山。この選曲からも懐かしさが込み上げてくる。

 

タランティーノの1960年代愛に包まれて、レオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットが素晴らしくいい。ダルトン役のディカプリオが愛すべき滑稽さを前面に押し出し、コミカル演技に徹すれば、ブース役のブラッド・ピットは寡黙で行動的、ヒロイックなキャラクターを気持ちよさそうに演じる。ふたりの友情、絆の美しいこと。こんなに素敵な男同士の絆はひさしぶりだ。

 

全編、タランティーノのかつての映画界に対する憧憬で構築された、ストレートでノスタルジックなエンターテインメント。これは一見に値する仕上がりだ。