『ドント・ウォーリー』はロビン・ウィリアムズが映画化を熱望した心に沁み入る再生のドラマ。

『ドント・ウォーリー』
5月3日(祝・金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
配給:東京テアトル
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公式サイト:www.dontworry-movie.com

 ロビン・ウィリアムズが2014年8月11日にこの世を去って5年近い歳月が経つ。ウィリアムズはハートウォーミングなキャラクターを演じさせたら素晴らしく魅力的だった。『ハドソン河のモスコー』や『グッドモーニング、ベトナム』、『いまを生きる』、『フィッシャー・キング』など、忘れ難い作品は枚挙の暇がない。
 たびたび来日し、常に躁状態の受け答えでサービス。神戸ビーフを食べるのを楽しみにしていたウィリアムズは躁のなかに垣間見せるシャイな表情がとりわけ印象的だった。躁を演じて周囲を和ませる彼はこの上なく誠実でシリアスな人間だった気がする。だから自死したと聞いたとき、衝撃とともにウィリアムズらしい気もした。
 本作はそのウィリアムズが長年、映画化を熱望していたものだという。オレゴン州で車いすの風刺漫画家として知られるジョン・キャラハンの破天荒な自伝の映画化だ。ウィリアムズは自伝の映画化権を入手し、『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』で仕事をしたガス・ヴァン・サントに相談していた。ヴァン・サントはウィリアムズにアカデミー助演男優賞をもたらした作品の監督であり、信頼のおける存在だった。しかし、ウィリアムズは死を選び(パーキンソン病だったという)、ヴァン・サントが遺志を継いで企画を推し進め、自ら脚本を書いて作品を完成させた。
 主役のジョン・キャラハンには『グラディエーター』で鮮烈な演技をみせ、『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』や『ザ・マスター』、さらに『ビューティフル・デイ』などで唯一無二の個性を披露。どんなキャラクターも自分の色に染めてしまうホアキン・フェニックスを起用。火傷しそうに強烈なジョン・キャラハン像に仕上げてみせた。
 共演は『マネー・ボール』のジョナ・ヒル。『ソーシャル・ネットワーク』や『ドラゴン・タトゥーの女』ルーニー・マーラ、加えて『スクール・オブ・ロック』のジャック・ブラックもシリアスな個性を発揮する。

 ジョン・キャラハンは酒に溺れて暮らしていた。その日もデクスターという男と意気投合してパーティを渡り歩き、酔いどれデクスターの車に乗ったのが運の尽き。車は猛スピードで電柱に激突した。キャラハンが意識を取り戻したときには、胸から下が麻痺した状態でベッドにいた。
 麻痺は一生続くと医師から宣告されたキャラハンは失意のどん底に叩き落されたが、それでも明日はやってくる。セラピストの美しい女性との会話や、電動車椅子を使うことで少しずつ元気を取り戻す。
 退院してポートランドのアパートに住むことになるが、下の世話から風呂まで、介護人がいないと何もできないことで人生に嫌気がさし、再び酒に溺れかける。だが、母親の幻影をみたことから、禁酒の決心を固める。
 彼が参加した断酒会は主催者ドニーをはじめ個性的な人ばかりが集っていた。ドニーはキャラハンの自己憐憫を笑い飛ばす。辛いのは自分だけではない。キャラハンはこの事実を、断酒会を通じて知る。
 やがてキャラハンは不自由な手でイラストを描き始める。さらにドニーとの会話を通して、自分に向き合い、「誰にも愛されていない」という思いに取り憑かれていたことを悟ったキャラハンは、憎んでいた人に会う試みを始める――。

 自分は愛されていないといじけていた男が、身体が不自由になったことで、自分自身の内面に向き合い、新たな人生を歩む。ガス・ヴァン・サントは決してお涙頂戴的な演出にはしないで、ひとりの男の精神的な成長を優しく、誠実に見据える。自堕落な男として登場したキャラハンは深奥で何を求めていたのか、ヴァン・サントは優しく解きほどしていくのだ。
 どんな人間にも秘めておきたいこと、心の傷はある。キャラハンは事故を契機に、断酒会に通い、自分の心に向き合って、新たな生き方を獲得する。その姿をヴァン・サントは過不足なく描き出す。見る者の心に沁み入るように映像化している。
 作品を見て、ロビン・ウィリアムズに演じてもらいたかったと思った。さまざまな思いを心に秘め、明るくコミカルにふるまっていたウィリアムズにとって、この役柄を演じることは自分に向き合う絶好の機会ではなかったか。そんな思いに突き動かされた。
 前作『追憶の森』でも心に深い傷を負った男の再生を題材にしたヴァン・サントは、本作でも登場人物に寄り添い、繊細に心の動きを紡いでいく。どんなに過酷な状況に追い込まれても、それでも運命を受け入れて生きていかねばならない。そして人生を懸命に生きることは美しいと、ヴァン・サントは語りかける。

 ヴァン・サントの思いを理解し、その上に自らの表現力でキャラクターを構築したホアキン・フェニックスが素晴らしい。内面に傷を抱えて酒に溺れ、身体が不自由になって初めて心に向き合うキャラクターみごとに演じ切る。ユーモアと辛辣さを持ったキャラハンを温もりをもって体現している。
 彼の演技に呼応して、ドニー役のジョナ・ヒルが穏やかな演技を披露すれば、ルーニー・マーラは透き通るような美貌で存在感十分。ジャック・ブラックは飲んだくれのデクスターをさりげなく演じてみせる。豪華なキャスティングがみごとにツボにはまっている。

 連休中に地味に映るかもしれないが、決して見て損のない作品。製作したアマゾンを称えたくなる。