『女王陛下のお気に入り』は女王とふたりの野心家女性をめぐる、豪華絢爛にして辛辣なダークコメディ。

『女王陛下のお気に入り』
2月15日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
配給:20世紀フォックス映画
©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation
公式サイト:http://www.foxmovies-jp.com/Joouheika/

 ギリシャ・アテネ出身のヨルゴス・ランティモスは現在、映画ファンからもっとも注目されている映画監督だ。
 長編映画デビュー作『Kinetta』がベルリン国際映画祭で絶賛され(日本未公開)、続く『籠の中の乙女』はカンヌ国際映画祭“ある視点”部門のグランプリ。第3弾の『ALPS』はヴェネチア国際映画祭最優勝脚本賞、英語作品の『ロブスター』はカンヌ国際映画祭審査員賞。そして『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』はカンヌ国際映画祭脚本賞を手中に収めた。人間の欲望や感情を掬い上げ、人間という存在を見すえた映像と独特の世界観がランティモスの特徴だ。
 この新作では、宮廷史劇に初めて挑むと同時に初の他人の脚本で勝負している。
 既に第75回ヴェネチア国際映画祭では銀獅子賞(審査員大賞)と女優賞(オリヴィア・コールマン)を獲得し、ゴールデン・グローヴ賞でも、コメディ/ミュージカル部門の女優賞(オリヴィア・コールマン)に輝いた。さらにアカデミー賞では作品、監督、主演女優(オリヴィア・コールマン)、助演女優(レイチェル・ワイズ、エマ・ストーン)、脚本、編集、衣装デザイン、美術、撮影の9部門、10ノミネートを果たしている。
 脚本を書いたのは、映画批評家、脚本家として活動するデボラ・デイヴィス。既に20年前に生み出されていたが、英国女王の寵愛を争う女性たちという題材は刺激が強すぎて、映画化にまで至らなかった。その間もデイヴィスは脚本を推敲したのだという。
この企画はヨルゴス・ランティモスが監督を務めることでゴーサインが出た。脚本はランティモスが好むエッジの利いたものにするために、オーストラリアの脚本家トニー・マクナマラが参加。単なる宮廷絵巻に終わらない、イニシアティヴを競い合う女性たちのスリリングなドラマに仕上げた。
 美術は『マクベス』のフィオナ・クロンビー、衣装は『恋におちたシェイクスピア』のサンディ・パウエル。撮影は『わたしは、ダニエル・ブレイク』などのケン・ローチ作品で知られるロビー・ライアンと、ランティモスをサポートすべく実力派のスタッフが選ばれている。
 なによりの魅力は個性に富んだ女優陣である。アン女王には『オリエント急行殺人事件』(2017年版)のオリヴィア・コールマン。ランティモス作品は『ロブスター』に続く出演となるが、圧倒的な存在感を披露している。女王の寵愛を争うふたり、アビゲイルには『ラ・ラ・ランド』でアカデミー主演女優賞を獲得したエマ・ストーン。レディ・サラには『ナイロビの蜂』でアカデミー助演女優賞に輝いたレイチェル・ワイズ。3人の丁々発止の演技合戦がみものである。
 共演は『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』のニコラス・ホルトに『ベロニカとの記憶』のジョン・アルウィン。『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』のジェームズ・スミス、テレビシリーズ「SHERLOCK(シャーロック)」のマーク・ゲイティスなどが顔を揃えている。

 18世紀初頭、アン王女が統治するイングランドはルイ14世の治めるフランスと戦争の最中だった。人前に出るのが嫌いなアン王女は、幼馴染で賢い女官長のレディ・サラ・チャーチルに頼りきり。政治のアドバイスから人事まで、あらゆることをレディ・サラに任せていた。
 おかげでレディ・サラの夫であるモールバラ公爵は厚遇を受け、率いた軍がフランスに大勝利するなど、わが世の春を謳っていた。
 そんなおりに、サラの従妹だと名乗るアビゲイルが現われる。サラは彼女を召使として雇い入れる。アビゲイルはサラの行動を見守り、やがて女王とサラが親密な関係にあることを知る。
 野心満々の彼女はことば巧みに立ち回り、政治に忙しいサラに代わって女王の遊び相手になるよう命じられる。アビゲイルは無邪気な女王の気持ちを掴み、サラ以上の親密な行為で重用されるようになる。ことここに至ってサラはアビゲイルの策略を糾弾するが、アビゲイルはさらなる策略でサラの失脚を画策する――。

 17人の子供を設けながら失ってしまった、孤独な女王を幼い頃より慰め、女官長として政治に権力をふるうレディ・サラと、成り上がるためには手段を選ばないアビゲイル。このふたりは英国の歴史を彩った人物なのだが、なにより女王を操るためにセックスを道具にしていたことがあからさまに描かれたことに驚く。肉体的親密さが信頼を勝ちとる最良の方法というわけか。ヨルゴス・ランティモスの演出は女性3人の顛末を余すところなく描き出す。
 女王は厭世的なっていて世間知らずではあっても、決して無能ではない。部下に対する扱い方、見切り方は帝王学として身につけている。女王を意のままに操るレディ・サラは女王の強固な信頼を得ていると信じ行動する傲慢さが弱点だし、夫を擁護しようとするあまり、非情に徹することできない。一方、召使いからスタートしたアビゲイルは失うもののない強さで策を弄するが、どこか浅はかなところがある。まさに三人三様、長所も欠点を持ち合わせた彼女たちの戦いは、ランティモスの仮借ない語り口でブラックな笑いを誘発し、それぞれの生き方にペーソスを滲ませる。
 貧しい家で生まれたランティモスにとって、特権階級の愚かしさを描くのはいささかの躊躇もないのだろう。勢力争いに全力を傾ける女性の前で、右往左往するばかりの男たちを滑稽に描き出す。生々しい権力への欲望に憑かれた人間たちをあからさまに描く、ランティモスの姿勢はみていて痛快さを感じさせる。

 何といっても本作は3人の女優の演技の素晴らしさに尽きる。子供に恵まれず、孤独な日々を送るアン女王に扮したオリヴィア・コールマンの滑稽さと哀しみは胸に迫るものがあるし、無邪気さと非情さが混在するキャラクターをみごとに表現している。
 レディ・サラ役のレイチェル・ワイズは、物事を対処する行動力と知恵の持ち主だが傲慢なゆえに失敗を犯すキャラクターを極めてクールに演じ切る。成り上がりのアビゲイル役のエマ・ストーンは文字通りの熱演。『ラ・ラ・ランド』で絶賛されただけに、『バトル・オブ・セクシーズ』や本作で異なる貌をみせたいという気持ちが画面から溢れている。

 冒頭から最後までグイグイと惹きこまれる面白さ。激しい女性たちの諍いをとくと満喫できる。アカデミー受賞も確実視されている作品、これは一見に値する。