『ミスター・ガラス』は異才M・ナイト・シャマランが個性を発揮したスリラー最新作!

『ミスター・ガラス』
1月18日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2018 UNIVERSAL STUDIOS
公式サイト:https://www.disney.co.jp/movie/mr-glass.html

 M・ナイト・シャマランという名が鮮烈に焼きついたのは、1999年のことだった。
『シックス・センス』の世界的なヒットによって、一躍、才能を評価されたのだ。死人を見ることのできる第六感を身につけた少年を主人公に、いかにもホラーのような貌をしつつ、最後にあっと驚くどんでん返しを用意して観客を驚嘆させる。予測を超えるオチのみごとさに拍手するばかり。この作品がアカデミー賞の作品・監督・脚本・助演男優・助演女優・編集の6部門にノミネートされたのも無理からぬところだ。
 監督3作目にしてたちまち注目すべき存在のトップに躍り出たシャマランは続いて“スーパーヒーローもの”ストーリーの視点をずらした『アンブレイカブル』を発表する。アメリカン・コミックスの世界観をリアルな現実社会で展開させるとどうなるかを描いている。作品は賛否が拮抗する仕上がり。2000年の問題作として大きく印象づけることになった。
 以降、シャマランは『サイン』や『ヴィレッジ』、『ハプニング』などを発表するが、次第に作品からパワーが感じられなくなっていった。ジャンル映画の視点を変える手法が驚かれなくなったというのが正しいか。他人の原作に挑んだファンタジー・アドヴェンチャー『エアベンダー』や『アフター・アース』などを発表するが、評価は低かった。
 そんなシャマランが長いスランプを脱したと印象づけたのは2017年の『スプリット』だ。23人もの人格を有する青年と彼に監禁された3人の女子高生の攻防を息詰まるサスペンスで映像化。主演のジェームズ・マカヴォイの怪演とあいまって、スマッシュヒットを飾った。話題になったのはラストシーンに『アンブレイカブル』の主人公デヴィッド・ダンが登場したことだ。『スプリット』と『アンブレイカブル』がひとつの大きな流れにあることを示唆した幕切れにシャマランのファンは後日談があることを期待した。

 本作はそうした期待に対するシャマランなりの応えである。コメントによれば『スプリット』の主人公、多重人格のケヴィンはもともと『アンブレイカブル』のなかで構想されていたのだという。作品のトーンを維持するために、ケヴィンのエピソードを外したというが、シャマランは『スプリット』のヒットから二つの世界をひとつにすることを決意した。
 本作では実際と同様、『アンブレイカブル』から18年後の世界が想定されている。出演者も『アンブレイカブル』のブルース・ウィリスとサミュエル・L・ジャクソンという二大スターに加えて、デヴィッド・ダンの息子にスペンサー・トリート・クラーク。さらにL・ジャクソン演じるイライジャ・プライスの母親役にシャーレイン・ウッタードがそのまま起用されている。また『スプリット』からはケヴィンにジェームズ・マカヴォイに加えて、誘拐された女子高生役のアニヤ・テイラー=ジョイが参加。加えて本作には『オーシャンズ8』のサラ・ポールソンがストーリーのキイとなる精神女医エリー・ステイプルに扮してミステリアスなイメージを付加している。

 デヴィッド・ダンは息子の協力のもと、スーパーヒーローとしての活動を続けてきた。彼の超能力を引き出した、並外れた知能を有するコミックブックの画商イライジャは精神病院に収容されている。
 デヴィッドは自警団的行動を許さない官憲に捕らわれ、ある施設に収容された。そこには超能力を否定し妄想だと断じる精神科女医エリー・ステイプルがいた。彼女は超頭脳のイライジャと多重人格のケヴィンをデヴィッドとともに尋問を始める。
 イライジャはケヴィンを巧みに誘導し、デヴィッドと対立させようとする。イライジャの頭脳をすればこの施設の脱走など簡単なはずだった。ケヴィンとイライジャが行動を開始したとき、デヴィッドもまた動き出す。しかし事態は3人の想像をはるかに超えた結末に向かって疾走しはじめる――。

 確かにシャマランはグイグイと超能力者同士の反目で盛り上げておきつつ、とんでもないところで結末をもってくる。詳細は見ていただくしかないのだが、衝撃的であることに間違いはない。あえていえば、普通の人間にとって超能力者はどのような存在なのかが映画の鍵となる。あまり書きすぎると、興を殺ぐのでここまでにするが、この結末を『アンブレイカブル』の頃から考えていたとすると、シャマランが単なるジャンル映画のおたくではないことは分かる。
 とはいえ本作もまた賛否両論渦巻くことは間違いない。スーパーヒーロー・ストーリーの定番的な展開にはならないからだ。ブルース・ウィリスとサミュエル・L・ジャクソンにジェームズ・マカヴォイという面々が揃って登場するだけで画面の迫力は倍増。彼らと女医エリーの会話はさながら「超能力」に対する問答の様相を呈していき、スリリングな雰囲気を維持したまま、進行方向が判然としなくなるのだ。これがシャマランの個性といわれればそれまでだが、みる者を煙に巻くことは本作でも十分すぎるほど発揮している。ちなみに「ミスター・ガラス」とはイライジャの異名。生涯に94回骨折した、壊れやすい肉体の持ち主であることからネーミングされている。

 新作を送り出すたびに、多大な注目を集めるシャマランは、アメリカ映画界きってのストーリーテラーのひとり。難をいえば、その魅力を語るとネタばらしになることだ。興味のある方はご一見あれ。