『愛と銃弾』はエンターテインメントのあらゆる要素の詰まった、弾けきったイタリア快作!

『愛と銃弾』
1月19日(土)よりYEBISU GARDEN CINEMA、新宿K’s cinema ほか全国順次公開
配給:オンリー・ハーツ
© MODELEINE SRL ・ MANETTI bros. FILM SRL 2016
公式サイト:http://aitojuudan.onlyhearts.co.jp/

 世界には際立った輝きを放つ作品がまだまだたくさんある。そうした作品に出会えた時のうれしさは何物にも代えがたい。半世紀以上にわたって映画を見続けてよかったと思える瞬間である。
 本作もまた輝く1本だ。2018年に開催された“イタリア映画祭2018”で上映され、大きな話題となった作品である。
 ナポリを舞台にしたノワールでありアクション。ラブストーリーに貫かれたコメディにして、なんとミュージカル仕立てという、あらゆるエンターテインメントの要素を盛り込んだ、思わず頬が緩んでしまう快作なのだ。監督のマルコとアントニオのマネッティ・ブラザースのアイデアの賜物。彼らのジャンル映画に対する愛とナポリ歌謡に対するこだわりが生んだ唯一無二の作品である。
 これがキワモノではない証拠に、イタリア映画界のアカデミー賞にあたる第62回ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞では作品賞、助演女優賞、歌曲賞をふくむ5部門で受賞。またベネチア国際映画祭でも熱い支持を集めた。全編、映画愛に満ちたエンターテインメントなのだ。
 マネッティ・ブラザースの作品はタイムリミット・サスペンス『リミット90』(2005)がDVDで紹介され、『宇宙人王(ワン)さんとの遭遇』が劇場公開されている。ジャンル映画を深く愛し、ツボを押さえつつひねりを加えることで個性を発揮している印象だ。さらに潜入捜査ものにナポリ・テイストと音楽をブレンドした『僕はナポリタン』(映画祭上映)を経て本作の登場となるわけだが、これまで手掛けてきた作品の集大成といえばいいか。
 脚本はマネッティ・ブラザースと『僕はナポリタン』で組んだミケランジェロ・ラ・ネーヴェ。音楽は『僕はナポリタン』で数々の映画賞に輝いたコンビ、ピヴィオとアルド・デ・スカルツィが担当。マネッティ・ブラザースと本作の音楽的特徴を議論しあい、イメージを決め込んでいったという。ナポリ色を強くして、弾けていながら“ノワール”から逸脱しない音楽を生み出している。
 出演は『リミット90』に主演し『いつだってやめられる 10人の怒れる教授たち』でも個性をみせるジャンパオロ・モレッリに、ミュージカル女優として活動し『僕はナポリタン』にも顔を出したセレーナ・ロッシ。加えて『題名のない子守歌』のクラウディア・ジェリーニ、『イル・ディーヴォ ‐魔王と呼ばれた男‐』や『グレート・ビューティ/追憶のローマ』のカルロ・ブチロッソ。ナポリ生まれの俳優・ミュージシャンのライツなど、個性に富んだ顔ぶれが選りすぐられている。

 ナポリで“魚王”の異名で知られる犯罪組織カモッラのボス、ドン・ヴィンチェンツォは、敵対する組織に襲われ危うく助かる。ボスでいることに嫌気がさした彼は死んだことにして、妻と逃亡しようと図る。容姿のそっくりな靴屋を身代わりにして、計画は着々進行していく。
 この計画を知っているのは殺し屋チーロとロザリオをふくめた腹心のみ。だが、秘密裏に運ばれた病院でドン・ヴィンチェンツォは看護婦のファティマに目撃されてしまう。目撃者は殺すのが鉄則だが、チーロは看護婦がかつて熱愛した女性であることに気づく。
 彼女を殺せないチーロはロザリオに銃を向け、逃亡を図る。ファティマはもう一生離れないとチーロに縋りつく。
 図らずもボスと組織に歯向かう立場となったチーロは組織のメンバーを次々と倒していく。裏切りに怒るロザリオはじりじりとチーノを追い詰めていった。果たしてチーノとファティマに平穏な日々は訪れるのか――。

 カモッラのボスの面倒くさい引退計画が部下の反逆に遭うという思わぬことから血で血を洗う殺し合いに転じていくおかしさ。その動機が愛というのだから、これは無敵の強さだ。マネッティ・ブラザースはナポリという都会のイメージを活かしながら、定番的ノワール・ストーリーから一歩はみ出た展開を構築していく。
 そもそもイタリア南部のナポリにノワールのイメージがついたのは2008年の『ゴモラ』に負うところが大きい。ナポリのカモッラの実態をドキュメンタリー・タッチで描いたこの作品はカンヌ国際映画祭グランプリに輝き、犯罪組織に牛耳られた都市のイメージを広く印象づけることになった。マネッティ・ブラザースはこのイメージを巧みに活かしながら、縦横無尽の面白さを画面に焼きつけている。
 棺桶のなかの絶唱をはじめ、随所に人を喰った趣向を散りばめつつ、ノワールのスリリングな雰囲気は維持。それでいて仕掛けられたギャグに笑みを禁じ得ない。カモッラのボスがすっかり弱気になり、映画マニアの妻のアイデアに乗って死んだことにするという展開も人を喰っているが、そこで懐かしい映画のタイトルが会話で交わされるのが可笑しい。さらにミュージカル部分の圧倒的な弾けっぷり! 朗々たる歌声はナポリ歌謡のレスペクトに彩られ、おまけに『フラッシュダンス』の主題歌までナポリ歌謡風に熱唱されるのだ。
 もちろん、ノワールの基本ラインは維持される。銃撃戦、狙撃のサスペンス、殺し屋同士の対決などがサスペンス十分に網羅されているのだ。ここまで至れり尽くせりなら、もう十分。画面にグイグイ惹きつけられるのみ。マネッティ・ブラザースの多彩な手腕に脱帽するしかなくなる。

 出演者もチーノに扮したジャンパオロ・モレッリの表情を変えないタフガイぶりがいいし、ファティマを演じたセレーナ・ロッシの自己陶酔型で少々うざいヒロインも笑いを誘う。スリリングにして笑えて、ミュージカルの醍醐味に浸れる。なんとも楽しい仕上がりである。