『ニューヨーク冬物語』は、脚本家アキヴァ・ゴールズマンが現代アメリカ文学の傑作に、監督として挑んだファンタジー。

ニューヨーク冬物語
『ニューヨーク冬物語』
5月16日(金)より、丸の内ピカデリー、新宿ピカデリーほかロードショー
配給:ワーナー・ブラザース映画
©2013 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED. ALL RIGHTS RESERVED.
公式サイト:http://www.ny-fuyu.jp

 

 アキヴァ・ゴールズマンは『ビューティフル・マインド』でアカデミー脚色賞に輝き、プロデューサーとしても『Mr.&Mrs.スミス』や『ローン・サバイバー』などのヒット作を送り出した、アメリカ映画界で知らぬ人のいない存在だ。とりわけロン・ハワードとの親交は深く、『シンデレラマン』や『ダ・ヴィンチ・コード』、『天使と悪魔』などの脚本を手がけた。『依頼人』や『評決のとき』から『バットマン・フォーエバー』、『アイ・アム・レジェンド』まで、ジャンルも多彩に活動している。

 そんなゴールズマンが本作で劇場用映画の監督に初めてチャレンジした。監督としては製作顧問となっているテレビシリーズ「FRINGE/フリンジ」で経験済みだが、売れっ子脚本家が、リスクを引き受けての50歳を過ぎてからの挑戦。アメリカ映画界では大きな話題を呼んだ。

 ゴールズマンがそこまでの行動に出たのは、ひとえに原作に対して大きく傾倒していたことによる。本作の原作「ウィンターズ・テイル」はマーク・ヘルプリンが1983年に発表した長編小説で、シェークスピア作品に匹敵する傑作と絶賛されたもの。ユニークな登場人物がニューヨークを背景に、魔術的リアリズムと寓意性に満ちたストーリーのなかで躍動するファンタジー。その神話的世界を、なによりも美しいことばで浮かび上がらせる。現代アメリカ文学の至宝ともいわれているのも頷ける作品だ。

   ゴールズマンは1980年代にこの小説に魅了され、長年にわたって映画化を模索し続けたという。100年を超える展開のなか、登場人物の思いが大きなうねりとなって立ち上がってくる世界をどのような映像にすればいいのか。すべてを映像化することなど不可能に近いとなれば、どの枝葉を掃えばいいのか。熟成期間も数年が過ぎ、さらに妻の死という事態が完成を遅らせることとなった。

   本作がアメリカで公開されたのは今年2月。必ずしも大絶賛とはいかなかったようだが、ゴールズマンの原作に対する思いは伝わってくる仕上がりとなっている。

    主演は『ウォルト・ディズニーの約束』でもいい味をみせたコリン・ファレル。さらに英国の新星ジェシカ・ブラウン・フィンドレイ。『ビューティフル・マインド』のラッセル・クロウとジェニファー・コネリー、『ヒストリー・オブ・バイオレンス』のウィリアム・ハート。加えて『波止場』が懐かしい名女優エヴァ・マリー・セイントまで、充実の顔ぶれとなっている。

   撮影は『ライトスタッフ』などで知られる名手キャレブ・デシャネル。プロダクション・デザインには『アイ・アム・レジェンド』のナオミ・ショーハンなど、実力のあるスタッフが結集し、ゴールズマンの初演出を支えている。

 2014年、記憶をなくした男、ピーター・レイクがグランド・セントラル駅に向かっていた。男は自分が誰なのかも分からぬまま、100年の時を超えて生きていた。

 1895年、男はアメリカに入国できない移民の両親の希望を背負って、模型船でたったひとりニューヨークにやってきた。生きていくために、裏社会のボス、パーリー・ソームズのもとで働くようになるが、ボスの非道さに耐えきれず、突然現れた白馬に乗って逃げ出す。激怒したソームズはレイクの抹殺を誓う。

 裏稼業から抜けられないレイクはニューヨークの屋敷に押し入り、そこで美しい令嬢ベバリー・ペンと出会う。彼女は明るく美しかったが、当時、不治の病だった結核を患っていた。レイクはたちまち恋におち、はじめて生きることの素晴らしさを知る。

 大晦日の晩、レイクはベバリーと初めて結ばれるが、彼女は息絶えてしまう。

 深い絶望に苛まれたレイクはソームズと戦い、ブルックリン橋からイーストリバーに突き落とされる。川から這い上がった彼はすべての記憶を失くしていた。

 2014年、レイクは公園でひとりの少女と母親に出会う。そのことをきっかけにして、レイクは時を超えて生かされている使命を知ることになる――。

 3つの時代を象徴するようなニューヨークを、デシャネルが美しい映像で切り取る。ストーリー上、ファンタジックなヴィジュアルは欠かせない。これを実際のロケーションを駆使して描き出すことが、ゴールズマンの狙い。原作と同様にニューヨークという街そのものを作品のメインに据えることが、ニューヨーカーであるゴールズマンの思いだったからだ。その狙いは確かに画面から感じられる。

“大人のおとぎ話”を愛し、どんな出来事にも必ず理由があるということを伝えたかったと、ゴールズマンはコメントしているが、この凄腕の脚本家をしても原作の膨大さ、濃密さを映像に落とし込むことは難しかったようだ。いや、原作を愛しすぎた故かもしれない。登場人物の語るセリフ、ことばの美しさにはうっとりさせられるが、ストーリーを過不足なく紡げてはいない。ただ、原作の熱烈なファンにとっては食い足りないかもしれないが、この作品をみたことで、原作に対する興味が増すことは確かだ。原作にいざなう最良のツールといいたくなる。

 さすがに経験豊かなゴールズマン、レイクとベバリーの美しくも儚い愛の紡ぎ方や、レイクとソームズの対決などの盛り上げに抜かりはない。セントラル・パークなどの名所だけではなく、知られてない場所を巧みに映像にすくい上げたニューヨーク愛ともども楽しませてくれる。

 出演者ではこれまでゴールズマンとゆかりのあった俳優たちが脇に結集した感がある。ファレルが一途さを秘めたキャラクターを適演すれば、ベバリー役のブラウン・フィンドレイが素晴らしく美しい。運命を甘受し、生きていることの充足感を健気に求めるヒロインを、輝きをもって演じている。

 さらにどこまでも凄味をにじませ、圧倒的な悪を表現するクロウのソームズをはじめ、コネリー、ハート、セイントなどがいずれも素敵な存在感をみせてくれるのに加え、クレジットされていないが、日本でも抜群の人気を誇る黒人スターもさりげなく参加。作品に豪華さを加えている。

 ゴールズマンの思いのこもった一品。現代アメリカ文学の逸品といわれる原作に手を伸ばしたくなる仕上がり。絶版だった原作の翻訳も本作の公開を期して復刊されたとか。なによりのことだ。