『ブルー・ジャスミン』はウディ・アレンの巧みな語り口のなか、ケイト・ブランシェットの演技に圧倒される人間喜劇。

『ブルージャスミン』メイン
『ブルー・ジャスミン』
5月10日(土)より、新宿ピカデリー、Bunkamuraル・シネマ、シネスイッチ銀座、シネ・リーブル池袋ほか全国公開!
配給:ロングライド
Photograph by Jessica Miglio © 2013 Gravier Productions, Inc.
公式サイト:http://blue-jasmine.jp/

 1969年に『泥棒野郎』で監督デビューを果たして以来、ウディ・アレンはほぼ年間1本のペースで作品を生み出し、近年も2011年の『ミッドナイト・イン・パリ』で3度目のアカデミー脚本賞に輝くなど、今も変わらぬ創作意欲で数々の話題を提供している。
   1977年の『アニー・ホール』から、『ブロードウェイのダニー・ローズ』や『カイロの紫のバラ』、『ハンナとその姉妹』、『ラジオ・デイズ』などは今も色あせない。世代的に忘れえぬ作品も数多いのだ。
   もっとも、ヨーロッパを背景にした最近の作品は、『マッチポイント』以外は個人的に今ひとつ惹かれなかった。演出や脚本のうまさはいうまでもないが、誰もがイメージする“アレンらしさ”のなかに留まっている感じ、“こんなもんだろう”感が作品から漂ってきたからだ。とはいえ『ミッドナイト・イン・パリ』はアレン作品のなかで最大のヒットになったのだから、そうした思いは単に僕の好みの問題なのかもしれない。
   その点、監督44作目にあたる本作は文句のつけようがない。ヨーロッパからアメリカ西海岸に舞台を移し、壊れかけたひとりの女性に焦点を当てる。セレブの生活から滑り落ちて懸命にあがく女性像を、アレンは軽妙かつシニカルに紡ぎだす。
“他人の悲惨さははたから見るとコメディだ”ということばそのまま、アレンは冷徹に女性を見据えつつ、彼女の滑稽な在り様を綴っている。巧みな作劇術で見る者をヒロインから目が離せなくするのだ。ひさびさにアレンの凄味が発揮された一品である。
   出演は『エリザベス』や『アイム・ノット・ゼア』、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズなどでおなじみのケイト・ブランシェット。さらに『ヴェラ・ドレイク』のサリー・ホーキンス、『ローマでアモーレ』のアレック・ボールドウィン。『17歳の肖像』のピーター・サースガードなど芸達者が揃っている。

 サンフランシスコ空港に、高級な衣装に身を包んだ女性ジャスミンが降り立つ。ハンサムな夫ハルとのニューヨークでのセレブの生活を失い、精神安定剤とウォッカを頼りに、血のつながりのない妹ジンジャーの家に身を寄せることになった。
 ジンジャーはシングルマザーで庶民派、外見も性格もまったく異なるが同じ里親のもとで育った。妹にとってはすべてを失ったジャスミンがファーストクラスでやってきて、豪華な衣装を身につけていることが信じられなかったが、人のよさからともに暮らすことになる。
   ジャスミンの方もジンジャーの男の趣味の悪さが信じられないものの、再出発のプランもなければ、生活能力もない彼女は妹を頼るしかない。インテリア・デザイナーを目指しながらも、パソコンも使えない彼女は、とりあえず歯科医の受付となるが、歯科医に迫られて逃げ出す破目になる。
 何もかもうまく行かず、ジャスミンはいっそう壊れていく。だが、とあるパーティで政界進出を狙うエリート外交官ドワイトと出会う。自らをインテリア・デザイナーと名乗ったジャスミンに惹かれたドワイトはデートを重ねるようになる。果たしてジャスミンは上流階級に復帰して、セレブな生活を迎えることができるだろうか――。

 冒頭からジャスミンの鼻持ちならない態度や言動が披歴され、かなり辟易とするのだが、これがアレンの作戦。セレブを任じるヒロインの過去の豪華な生活が回想されるなかで、次第に彼女がどんな経緯を辿って今に至っているかが判明してくる。彼女が壊れた理由が明らかになっていくのだ。憧れてセレブとなり、豪奢な生活を送っていた彼女に何が起こったか。それが明らかになると、ヒロインの哀れさが立ち上る。
   アレンは巧みに観客を惹きつけながら、ヒロインの深奥に踏み込み、容赦なく彼女の本質を解き明かす。愚かしさとプライドに突き動かされた彼女の軌跡が最後には共感を禁じえないものになっていく。現実に直面できずにその場しのぎの逃避を繰り返すしかないヒロインをみすえて、人間の業を切れ味鋭く映像に焼きつける。語り口が軽快でユーモアがあるから、いっそう鋭く迫ってくる。まさしくアレンの真骨頂がここにはある。

 出演者ではもちろんブランシェット。その演技が圧倒的に迫ってくる。嘘と逃避を繰り返し、現実に直面できない女性像を、エレガントさを失わずに表現してみせた。ヒロインの危ない行状を体現しながら脆さと儚さを漂わす。 まさに名演とは本作でのブランシェットを指している。この演技をみたらアカデミー主演女優賞を獲得したことも素直に頷ける。
 彼女を囲む男優たちもツボを押さえているが、やはり妹役のホーキンス役が秀抜。ジャスミンのセレブ趣味の影響をいつしか受けて、アッパーミドルの知性的な男によろめくキャラクターをさらりと演じてくれる。

 ジャスミンの思い出の曲がスタンダードナンバーの「ブルー・ムーン」というのも、音楽に一家言あるアレンらしい。人のあはれをみごとに映像に焼きつけた秀作だ。