『ドリーム』はアメリカ宇宙開発史に尽力した女性たちを称えたヒューマン・ドラマ。

『ドリーム』
9月29日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか、全国ロードショー
配給:20世紀フォックス映画
©2017 Twentieth Century Fox Film Corporation.
公式サイト:http://www.foxmovies-jp.com/dreammovie/

 

つい最近まで、歴史のなかで焦点が当たるのは常に勝者とヒーロー、ヒロインであり、敗者やヒーローたちの功績を支えた人々はあまり顧みられることがなかったが、映画の題材が多様化するにつれて、これまで語られてこなかった事実、出来事を掘り起こし、スポットが当てられるようになってきた。

本作はその好例といえる。描かれるのは華やかなアメリカ宇宙開発史を陰で支えた女性たちの軌跡だ。彼女たちは女性である上にアフリカ系アメリカ人という、当時の時代背景では大きなハンデを背負っていたが、懸命に努力し才能を開花、NASAの一員となって宇宙飛行の成功を導いた。

ふつう宇宙開拓史の映画といえば、宇宙飛行士やコントロールセンターの人々が軸になることが殆どながら、本作は1960年代初めという、未だ人種に対して偏見と差別が根強くあった時代を背景に、アフリカ系アメリカ人の女性数学者としての道を切り開いた3人のヒロインを映像に焼きつける。

原作はマーゴット・リー・シェッタリーの書いたノンフィクション「Hidden Figures: The American Dream and the Untold Story of the Black Women Who Helped Win the Space Race」。まこと題名が内容のすべてを言い表しているこの本をもとに、祖父母がケープカナベラルのNASAに勤め、自らもインターンとしてNASAで働いた経験のあるアリソン・シュローダーが、監督のセオドア・メルフィとともに脚色。シュローダーにとっては初めての映画の脚本の参画となった。

メルフィは広告ディレクターから映画に転進、2014年の長編映画デビュー作『ヴィンセントが教えてくれたこと』がヒットしたばかりか、ゴールデン・グローブ賞の作品賞にノミネートされたことで、一躍、注目を浴びる存在となった。ユーモアとペーソスをたたえた演出と洗練されたファッション・センスを持ち味にする監督だから、こうしたサクセス・ストーリーには打ってつけの存在といえる。

当時の時代背景、アフリカ系アメリカ人の置かれた立場、根強い差別構造など、シリアスになる要素はいくらでもあるが、メルフィはあえてそうした要素はスケッチするだけに留め、3人の女性の奮闘ぶりを前向きに紡ぎだしている。3人は現状に甘んじながらも、しなやかに状況を変える努力をする。黙々と自己を磨き、いざというときに力を発揮する姿は好もしく、なるほど万人の共感を呼ぶ。

出演は『ハッスル&フロウ』や『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』、テレビシリーズ「パーソンズ・オブ・インタレスト」などで知られるタラジ・P・ヘンソン。加えて『ヘルプ~心がつなぐストーリー~』でアカデミー助演女優賞に輝いたオクタヴィア・スペンサーと、歌手であり『ムーンライト』でもいい存在感をみせたジャネール・モネイが、個性豊かに3人を演じる。

共演陣は『ドラフト・デイ』のケヴィン・コスナーに『マリー・アントワネット』のキルステン・ダンスト。ふたりとも最近は脇にまわっていい味を出している。さらに『ムーンライト』でアカデミー助演男優賞に輝いたマハーシャラ・アリも顔を出す。実力派の揃ったキャスティングである。

 

1961年、宇宙開発競争でソ連に後れを取っているNASAは人種を超えて優秀な人材を募った。アフリカ系アメリカ人の優秀な頭脳を持つ女性たちは計算手として雇われ、“西計算グループ”として隔離されていた。

リーダー格のドロシーは管理職を希望しつつも断られ、エンジニアを希望するメアリーも半ば夢を諦めかけていた。だが、幼い頃より数学の天才少女と謳われてきたキャサリンがアフリカ系女性として初めて宇宙特別研究本部に配属されたことで、ドロシーやメアリーにも希望の芽が生まれる。

宇宙特別研究本部の全員が白人男性で、ビルには有色人種用女性トイレもない劣悪な状況を耐えつつ、キャサリンは懸命に努力を重ね、実力を責任者のハリソンに認められて本部の中心的な役割を担うようになる。

ドロシーはIBMのコンピュータに着目し、“西計算グループ”のアフリカ系女性たちを鼓舞して、データ処理の担当に指名される。

メアリーは裁判所に請願して、白人専用だった学校の技術者養成プログラムを受ける許可をとりつけた。

そして、1962年2月、アメリカが初の地球周回軌道飛行に挑んだ日、想定外のトラブルが起きた。宇宙飛行士ジョン・グレンを帰還させるために、コンピュータには任せられない計算が必要になった。キャサリンがその重責を任される――。

 

当時の社会状況を考えると、アフリカ系女性に対する差別や偏見には凄まじいものがあったはずだ。だがセオドア・メルフィは決して負の面を大きくクローズアップしない。重苦しくせずに、知られざるアフリカ系女性の功績を素直に称えることに注力した。この戦略が功を奏して、人種を超えた支持に結びついた次第。

メルフィは1960年代のファッション、風俗を巧みに取り込み、軽やかな語り口でサクセス・ストーリーとして結実させている。人種によって評価が分断されることなく、あくまで先達たちの功績を称える。これなら万人が評価するはず。メルフィの広告業界で鍛えたこのあたりのさじ加減が抜群である。

数学の功績など、あまり映像的に適しているとはいえないが、メルフィはあくまで女性たちの精神的成長に軸足を置き、彼女たちの努力が周囲を動かす展開にしている。ハリソン役のケヴィン・コスナーをはじめ、ドロシーの上司となるキルステン・ダンストなどが、アフリカ系女性など歯牙にもかけていなかった白人たちを適演。ヒロインたちの活動が彼らの目を開き、実力を評価するストーリーにリアリティを与えている。

しかも、当時の車やファッションも洒脱に映像化しているあたりがメルフィの面目躍如たるところ。おまけに音楽にはファレル・ウィリアムズが全曲を書き下ろすという豪華版。参加アーティストもアリシア・キーズにメアリー・J・ブライジ、ジャネール・モネイなどアフリカ系ビッグアーティストが結集している。

 

なによりもタラジ・P・ヘンソン、オクタヴィア・スペンサー、ジャネール・モネイの3人が個性を存分に発揮。芯の強い女性像をそれぞれ巧みに表現してみせる。どんな境遇にあっても、自分の持てる力を最大限に発揮すれば、世界は拓けると信じさせてくれるよう。みごとな演技と称えたくなる。

 

秋にふさわしい、ほっこり温もりのあるサクセス・ストーリー。素直さが嬉しいエンターテインメントだ。