近年、アメリカ映画界は『ゼロ・グラビティ』や『オデッセイ』など、宇宙を舞台にした質の高いSF作品を輩出してきた。これらの作品は、CGやVFXを駆使した映像はもはや当たり前のことになっているなかで、よりストーリーを映画的に練りこみ、普遍的なメッセージを浮かび上がらせ、SF作品として傑出しているばかりでなく、人間ドラマとしても心に沁み入る仕上がりとなっていた。
本作もまたそうした範疇に入る、寓意性に富んだ作品である。描かれるのは大宇宙を舞台にした愛と葛藤、冒険。こう書くといささかありふれてみえるが、これまで例のないような設定が用意され、“生きるとは何か”、“愛するとは何か”というメッセージが浮かび上がってくる仕掛け。脚本は『プロメテウス』や『ドクター・ストレンジ』などで知られるジョン・スペイツが書き上げたもので、映画業界で製作前の優秀な脚本に与えられる“ブラックリスト”に載り、ここに映画化が実現した。
監督はノルウェー出身、『ヘッドハンター』で世界的に注目され、『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』に抜擢されるや、アカデミー監督賞にノミネートされた俊英、モルテン・ティルドゥム。新たな惑星に移住するため航行する宇宙船を舞台に、予定よりも90年も早く目覚めてしまった男と女を主人公に、ティルドゥムが絶望と希望のストーリーをダイナミックかつ繊細に紡いでいる。
しかも出演者はアメリカ映画界の旬のスターを揃えている。ヒロインに扮するのは『世界にひとつのプレイブック』でアカデミー主演女優賞に輝き、『ハンガーゲーム』シリーズではアクション・ヒロインの貌を披露したジェニファー・ローレンス。相手役を務めるのは『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』や『ジュラシック・ワールド』、さらには『マグニフィセント・セブン』で輝きをみせたクリス・プラット。加えて『クィーン』でトニー・ブレア首相を演じ切ったマイケル・シーンと、『マトリックス』シリーズでおなじみのローレンス・フィッシュバーンも顔を出す。
撮影は『沈黙-サイレンス-』で江戸時代の長崎をみごとに映像化したロドリゴ・プリエド。ここでは『インセプション』が忘れがたいプロダクション・デザインのガイ・ヘンドリックス・ディアスの生み出した巨大な宇宙船のセットを活かしつつ、スケールの大きい映像を画面に焼きつけている。
新たな居住地を求めて、5000人の乗客と258人のクルーを乗せたアヴァロン号は大宇宙を航行していた。目的地に到着するまでの120年間、乗客もクルーも冬眠ポッドで眠ることになっていた。
ところが、ロウワーデッキのポッドで冬眠していたジムは目覚めてしまう。予定よりも90年も早い目覚めだった。再び寝ようにもポッドは破損していてどうにもならない。意味するのは、ひとりで残りの人生を過ごさねばならないということ。巨大な宇宙船を回りきると、アンドロイドのバーテンダーを相手に酒を飲み、愚痴るのみ。
彼はゴージャスなゴールドクラスのデッキにひとりの美女をみいだす。グラマラスな肢体と美貌が際立つ作家のオーロラだ。彼女を眺めて過ごす時間が増えていく。
その彼女が蘇った。オーロラはジムから説明を受け、絶望に打ちひしがれる。死ぬまでこの宇宙船内で過ごさなければならないからだ。
同じ運命を共有しなければならないふたりはやがて愛するようになる。ふたりだけの宇宙遊泳。ロマンチックな時間が過ぎていき、オーロラの誕生日を迎える。ジムは求婚しようと計画していたが、彼女に隠していた秘密が露見する。
彼女は怒りに燃え、広い船内でふたりは別々に過ごすようになるが、アヴァロン号に緊急事態が発生する。このままではふたりのみならず、乗員全員の生命が危機に陥る。ジムとオーロラは協力して、危機に立ち向かう――。
なるほど、宇宙の楽園にいるアダムとイヴのイメージか。どこまでもシンプルな設定ながら、みる者を惹きこむストーリーに仕立てている。主人公のジムは、この状況に追い込まれたときに誰もがするであろう行動をとる。詳細は見てのお楽しみゆえ書かないが、男としては納得できる行動である。そもそも恋愛自体が一方の積極性、あるいは押しつけがましい行動によって端を発するものだ。とはいえ、その愛を受け止めるオーロラにとってはたまったものではない。彼女の怒りや絶望は当然のことだが、現実は受け入れるしかないのだ。モルテン・ティルドゥムは情の機微を突いた語り口で、ふたりの愛を培う姿を浮き彫りにする。
まこと、こうした状況に追い込まれたら、生きることの充実感がなくしては耐えられないはずだ。生きることは相手がいてこそ意味を持ってくる。まだ若い男女がどんな状況で生じたにせよ、ともに生きることになったら、絆を結ぶようになるのは必定。本作はある意味で恋愛映画のプロトタイプともいえる。
もちろん、アメリカ映画であるから、スペクタクルはきっちりと用意されている。宇宙船最大の危機を、身を挺して防ごうとするクライマックスの時間刻みのサスペンスは圧巻。巨大な宇宙船がガラガラと壊れゆくさまは手に汗を握る。
出演者はいずれも適役である。クリス・プラットは軽率ながら気のいい青年ジムにぴったりとはまっているし、ジェニファー・ローレンスは上流階級の女性を存在感豊かに演じ切っている。プラットの庶民性に対して、ローレンスは全身からセレブ感を発散。映画の最大の見ものとなっている。このふたりが化学反応することで、映画の魅力がいっそう高まることになった。
なにより、作品にユーモアを与えているのはアンドロイドのバーテンダーに扮したマイケル・シーン。彼とプラットの軽口の応酬はつかのま、空気を和ませる効果を生んでいる。
いささか皮肉な意味を込めて、ピュアなラヴストーリーと表現したくなるSF大作。一見をお勧めしたい。