『アンナとアントワーヌ 愛の前奏曲(プレリュード)』はクロード・ルルーシュの新たな愛の物語。

『アンナとアントワーヌ 愛の前奏曲(プレリュード)』
9月3日(土)より、Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開
配給:ファントム・フィルム
© 2015 Les Films 13 – Davis Films – JD Prod – France 2 Cinéma
公式サイト:http://anna-movie.jp/

 

 月日の経つのは速い。今年は『男と女』が公開されて50年、半世紀になる。

 思い起こせば、1966年10月15日の公開初日に日比谷のみゆき座に馳せ参じたのは、高校生の頃だったか。第19回カンヌ国際映画祭パルム・ドールに輝いたことが追い風になって、第2回上映はほぼ満員だったことを記憶している。

 カーレーサーと映画のスクリプターがふとしたことからドーヴィルからパリまでの車に同乗し、恋に落ちていく。その過程を、ルルーシュはカーレース・シーンや撮影風景をドキュメンタルに挿入しながら、モノクロームとセピア調カラーを駆使して浮かび上がらせていた。流れるようなカメラワーク(当時はルルーシュの手法を指して“流麗なカメラワーク”というフレーズがよくつかわれたものだ)と、斬新で洒脱なフランシス・レイの音楽のコラボレーション。おとなの心の揺らぎを繊細に綴って、アカデミー外国語映画賞をはじめ、世界中から評価を受けた。

 アヌーク・エイメの色香漂う美貌、ジャン=ルイ・トランティニャンの寡黙な男伊達、ピエール・バルーの男臭さまで、出演者の個性も作品の魅力を倍加させていた。この作品から再びボサ・ノヴァ音楽に対する注目度が増したし、CF監督たちが学んだことも少なくなかったと聞く。

 本作の成功によりルルーシュとレイのコンビは翌年、イヴ・モンタンにキャンディス・バーゲン、アニー・ジラルドというキャスティングで『パリのめぐり遭い』を生みだし、アメリカ版リメイクの『続・男と女』や20年後の続編『男と女Ⅱ』など、たびたび『男と女』のモチーフを手がけた。一方でルルーシュは『愛と哀しみのボレロ』や『レ・ミゼラブル』をはじめとする大作を発表し、フランス映画界で着実な足跡を残してきた。

 

 そのルルーシュとレイが『男と女』から半世紀を経て、新たな恋愛映画にチャレンジした。本作は悠久の時が流れる地インドを背景に、自由人のアーティストと、人生で得られるものをすべて手に入れた女性との燃え上がる恋を軽やかに紡いでいる。互いに理想的なパートナーがいる男女が出会い、惹かれあい、恋に落ちていく。

『男と女』のような寡黙さとは対極。尽きない会話のなかで、それぞれが惹かれているのが傍目にも分かるほど相手に集中している姿が、細やかに描かれる。世にいう“不倫”の関係なのだが、さまざまな価値観、文化が混在するインドを舞台にしたことで、小さなモラルを云々することよりも“生きていく喜び”を称える作品にするとの、ルルーシュの思いが作品に反映されている。脚本はルルーシュの2010年作『Ces amours-là』に出演していたヴァレリー・ぺランの協力のもとルルーシュ自身が手がけている

 出演は『アーティスト』でアカデミー主演男優賞を手中に収めたジャン・デュジャルダンに、『ずっとあなたを愛してる』のエルザ・ジルベスタイン。『ハイランダー/悪魔の戦士』などで日本でも人気のあったクリストファー・ランバートが懐かしい顔をみせ、『バツイチは恋のはじまり』のアリス・ポルが色を添える。

 しかし何といっても最大の存在感は全編、ロケーションを敢行したインド、その風物と映り込む人間たちにある。とりわけ、ヒロインが会いに出かける聖母アンマ(マーター・アムリターナンダマイー・デーヴィー)の慈愛に満ちた表情、デュジャルダン、ジルベスタインをはじめとする集う人々の癒やされた顔をみると、フィクションを超えた感動に包まれる。

 

 映画音楽の作曲家として名声を博し、美しい恋人アリスとのなかも順調なアントワーヌは、ボリウッド版『ロミオとジュリエット』に音楽をつけるため、インドに向かう。

 ニューデリーのフランス大使館主催の晩餐会で、美しい大使夫人アンナと出会う。気取りがなく才気煥発なアンナとアントワーヌはたちまち意気投合。会話を弾ませ、大使が心配するほどに惹かれあっていた。

 アンナは夫との間に子供を授かるために、インド南部の村に住む聖母アンマが住むインド南部の村を目指した。インドに向かう機中から頭痛に悩まされていたアントワーヌも、癒しを与えてくれるというアンマを訪ねる。この旅はふたりのみならず、互いのパートナーとの関係をも変えることになる――。

 

 今年、79歳になるルルーシュは人生と映画をこよなく愛するといいきる。現実の恐ろしさを痛感していても、世の中を愛したくなるような映画をつくるとコメントしている。本作はデビュー当時の気持ちに戻って手がけたというが、主人公ふたりの交わす眼差し、軽口に彩られた会話のなかに、心の揺らぎや高まりを細やかに表現してみせる。愛を魅力的に描き出した点で、ひさびさに『男と女』の片鱗を感じさせた。

 どんな関係であっても愛に限界はない。愛とは抗うことのできない麻薬のようなものだと、一貫してルルーシュは語りかける。愛という業を背負ったふたりがインドで燃え上がる。そこに幾分かの諦観が感じられるのは、インドという土地柄のせいか、あるいは多くの愛を体現してきたルルーシュの年齢によるものか。恐らく両方が映像に反映されているのだろう。撮影にあたっては、アンナ役のジルベスタイン、アントワーヌ役のデュジャルダンが旅で出会う風物に対する素直な反応も切り取られている。いわば、旅行記ドキュメンタリー的なショットが随所に織り込まれていて、それが愛の物語にユニークな味わいを付加している。これもまた『男と女』から引き継がれている手法ではある。

 それにしてもルルーシュの映像にはフランシス・レイの音楽がぴったりとマッチする。渾然一体のインドを背景に、レイの親しみやすく心に残るメロディが作品の魅力をいっそう高めている。

 

 出演者ではアントワーヌ役のデュジャルダンが人生を謳歌する自由人を体現すれば、アンナ役のジルベルスタインは恋に落ちていくなかで、次第に色香が増してくる。軽率なところがあっても憎めないアントワーヌと、冒険を恐れないアンナ。それぞれのキャラクターがふたりの確かな演技によって浮かび上がってくる。

 

 考えてみれば、ルルーシュ作品は1998年の『しあわせ』(2001年公開)以降、オムニバスの『11′09″01/セプテンバー11(イレブン)』と『それぞれのシネマ~カンヌ国際映画祭60回記念製作映画~』を除けば、日本では劇場公開されていない(『男と女 アナザー・ストーリー』はDVDで紹介)。ルルーシュ自身は比較的コンスタントに作品を送り出しているだけに、紹介されないのは悲しい。よほど日本向けではない作品ばかりだったのか。本作を契機に、『男と女』デジタル・リマスター版も公開されるというし、ルルーシュにもう一度光があたってほしいものだ。