『シング・ストリート 未来へのうた』は“音楽する喜び”が画面に溢れた青春ドラマ快作!

『シング・ストリート 未来へのうた』
7月9日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、澁谷シネクイントほか全国順次公開
配給:GAGA★
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公式サイト:http://gaga.ne.jp/singstreet/

 

 音楽と映画を愛する人が待望する、監督ジョン・カーニーの新作がいよいよ日本で公開される。

 アメリカでわずか5館のスケールでスタートし、口コミによって上映館が1300館以上にまで拡大して、世界的にその名を知られるようになった『ONCE ダブリンの街角で』によって、彼は一躍、熱い注目を浴びるようになった。

 ストリート・ミュージシャンとチェコからの移民女性が、音楽を通じて絆を結び、愛を育んでいく姿を、誠実かつ爽やかに描き出したこの作品で、音楽に向き合うミュージシャンの心の在り様も浮き彫りにしてみせた。

 主演のグレン・ハンサードはカーニーが所属していたバンド“ザ・フレイムス”のフロントマンであり、共演のマルケタ・イルグロヴァとともに映画に使われる曲も書き上げ、この作品が世界的ヒットを遂げてからは、イルグロヴァと映画そのままにザ・スウェル・シーズンを結成し、ツアーを行なった。

 この作品はアカデミー賞歌曲賞を獲得するとともに、舞台化されてヒットしブロードウェイに登場。トニー賞に11部門ノミネートされ、作品、演出、脚本を含む8部門で受賞した。

 このような輝かしい評価に力を得て、カーニーはニューヨークを舞台にした『はじまりのうた』を2013年に発表した(日本公開は2015年)。キーラ・ナイトレイにマーク・ラファロといった俳優陣に、バンド“マルーン5”のアダム・レヴィーンを出演者に加えて、またまた音楽に携わる人間の讃歌を映像にしてみせる。

 音楽を担当したのがバンド“ニュー・ラディカルズ”のヴォーカルを担当していたグレッグ・アレキサンダーというのも話題だが、なによりも生き馬の目を抜くようにタフなニューヨークの音楽業界を背景にしながら、思わず笑みを浮かべてしまうほど心優しい、プロデューサーとミュージシャンの絆のドラマを構築してみせた。本作でもアカデミー歌曲賞にノミネートされたごとく、カーニー作品に流れる音楽はいずれも繊細で美しく、親しみやすいのが特徴。前作同様、日本でも大きな賛辞を受け、次作に対する期待が高まった。

 それから1年、本作が登場した。今度は時代を1980年代半ばに設定して、カーニーは自らの軌跡をなぞってみせる。自分の人生で語る価値のある何かを見つけたかったと、カーニーは企画の意図をコメントしているごとく、ひとりの少年が音楽という表現をみつけ、のめり込んでいく姿をヴィヴィッドに紡ぎだしている。

 脚本もこれまで同様カーニーが手がけ、撮影は『はじまりのうた』で組んだヤーロン・オーバックが担当。手持ちカメラを活用しつつ、出演者の動きをきっちりと捉えている。1980年代のアイルランドのくすんだ街並みのなかに、1980年代のミュージック・ヴィデオのカラフルな色彩を際立たせて、時代の雰囲気を新たな解釈で生み出したカーニーのセンスが光っている。美術は『クィーン』のアラン・マクドナルド、衣装は『ONCE ダブリンの街角で』のティツィアーナ・コルヴィシエリがそれぞれ起用され、当時の意匠をみごとに再現している。

 出演はオーディションで選ばれた2000年生まれのフェルディア・ウォルシュ=ピーロを軸に、『トランスフォーマー/ロストエイジ』のジャック・レイナー、『ミス・ポター』のルーシー・ボーイントンなど、見慣れた顔ではないが役柄にフィットしたアイルランドの若手俳優たちが選ばれた。

 

 1985年、アイルランド・ダブリンは不況の風が吹きまくっていた。コナーの父親も例外ではなく、失職。私立に通っていたコナーは学費の安い公立高校への転校をさせられる。

 雄々しくあれを信条にした公立シング・ストリート高校は、あらゆる階層、民族が入り混じるカオスのようなところ。不良の洗礼を受けたコナーにとって、前の学校との違いに驚くばかり。家では父と母が憎みあい、諍いが絶えない。ふたりとも結婚したのが間違いと分かっていても、当時のアイルランドは離婚が許されていなかった。

 コナーの楽しみは、木曜7時から放映される「トップ・オブ・ザ・ポップス」なる音楽番組と、引きこもりでロックには無茶苦茶詳しい兄ブレンダンとのひととき。コナーは“デュラン・デュラン”のミュージック・ヴィデオに心を奪われ、唯一の友人ダーレンをマネージャにして、バンド結成を決意する。

 メンバーを集める楽しい日々がはじまる。親がバンドを組んでいるために、家に楽器が揃っているエイモン、黒人がいるとハクがつくというだけで選ばれたンギクなどに加え、ミュージック・ヴィデオのためには欠くことのできない、自称モデルのラフィーナに声をかけ出演の承諾を取りつける。

 バンド名は“シング・ストリート”。コナーは歌詞を書き上げては、エイモンとともに作曲に勤しむ日々がはじまる。家では両親の不和が頂点となり、学校でも校長に目の敵にされるなかで、コナーはぐいぐいと作曲の腕を上げていく。と同時に、ミュージック・ヴィデオの出来も次第に上達する。ラフィーナへの切ない思いを抱きながら、或る企てを秘めて学校のパーティでバンド初演奏を仕掛ける。果たして、コナーはミュージック・ヴィデオを持ってロンドンに向かうことができるのか。ラフィーナとの恋はどんな結末を迎えるのか――。

 

 1972年生まれの、カーニーは、まさに主人公と同じ体験をしたのだという。公立校に転校して袋叩きに遭い、バンドを組んだのも、経緯はほぼ体験通り。カーニーはコナーと同じ状況に追い込まれ、未来に向かって歩むために音楽と映像を武器にする。その思いをみごとに映像に焼きつけている。少しも嫌みなところはなく、リアルで苛酷な現実に囲まれていても、ロックを武器に現実を打ち破る若さを称える。ラフィーナとの恋の顛末もふくめ、少年の成長物語として出色である。

 それにしても映像の好もしさ、瑞々しさは特筆に値する。コナーが歌詞やアイデアをもって、いそいそとエイモンの家を訪ね、楽曲をつくっていくあたり、音楽に熱中することの楽しさが映像に際立つ。さらにパーティでの演奏シーンの高揚感には、思わず頬が緩んでしまうほどの楽しさ。これまでの作品以上に、本作にはカーニーの音楽観が浮かび上がってくる。と同時に、この溌剌とした映像の躍動感、楽曲の楽しさ、親しみやすさの脱帽したくなる。これはカーニーの青春グラフィティ・ミュージカルといいたくなる。

 主題歌『ゴー・ナウ』は『はじまりのうた』で出演したアダム・レヴィーンが担当。作中、コナーとエイモンが生み出す楽曲は、スコットランドの3人組バンド“ダニー・ウィルソン”のゲイリー・クラークが担当。カーニーとともに、80年代のテイストを散りばめながら現代の若者たちの琴線に触れる楽曲に仕上げてみせた。コナーを演じたウォルシュ=ピーロをヴォーカルに、アイルランドのスタジオ・ミュージシャンに、わざと幼く演奏させるなどの苦労を重ねながら、シング・ストリートのサウンドをつくりあげていった。

 彼らのサウンドのみならず、“デュラン・デュラン”、“モーターヘッド”、“ザ・ジャム”、“ザ・キュアー”、“ホール&オーツ”、“ジョー・ジャクソン”、“M”といった、80年代を飾ったグループ、歌手の名曲も画面を彩る趣向。当時を体験した者にとってこの上なく懐かしく、嬉しい。

 

 出演者ではなんといってもウォルシュ=ピーロの初々しさが素晴らしい。演技経験はほとんどないというが、思春期の少年のもつ傷つきやすさ、多感な思いを存在感で表現してみせる。脇を固めるのも、あまり見慣れない俳優たちながら、それぞれのキャラクターを的確に演じて、なんとも好もしい。

 

“シング・ストリート”の楽しい楽曲に酔わされつつ、ラストにちょいと胸が熱くなる。かつての『小さな恋のメロディ』を少しばかり彷彿とする。これは一見に値する快作である。