『インサイド・ヘッド』はピクサー・スタジオ長編アニメーション製作20周年の感動冒険作!

INSIDE OUT
『インサイド・ヘッド』
7月18日(土)より全国ロードショー
配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
©2014 Disney/Pixar. All Rights Reserved.
公式サイト:http://www.disney.co.jp/movie/head.html

 

 1995年に『トイ・ストーリー』で先鞭をつけて以来、ピクサー・スタジオは常にCGアニメーションを牽引してきた。
 今年で20周年ということになる。これまでに14本の長編作品を生み出してきたが、いずれの作品も新技法を織り込みながら、常に新しい世界の視覚化に挑戦してきた。ピクサーは他のスタジオが扱わないようなキャラクターを主人公にして、オリジナリティに溢れたストーリーで勝負してきたのだ。
 わずかに『Mr.インクレディブル』がスーパーヒーロー一家、『メリダとおそろしの森』が赤毛の女性を主人公にしているぐらいで、ざっと頭に浮かべても、玩具、昆虫、モンスター、魚、車、料理好きのネズミ、お迎えを待つじいさん、お掃除ロボットなどなど、主人公にしにくいキャラクターが居並ぶ。しかも脚本を徹底的に練り込むのがピクサー流。ウォルト・ディズニーが育んできた、みる者に夢と希望を与えるメッセージを軸にしつつ、波乱万丈の展開に仕立ててみせる。エンターテインメントの王道を堅持しているといっても過言ではないだろう。
 ピクサー・スタジオがウォルト・ディズニー傘下となったことに伴い、ピクサーを率いてきたジョン・ラセターがディズニー・スタジオのチーフ・クリエイティヴ・オフィサーも兼ねることになり、ピクサーの製作姿勢はディズニーにまで広がった。近年公開されて大ヒットした『アナと雪の女王』や『ベイマックス』はその好例で、従来のディズニー・アニメーションのイメージを一新し現代の風潮を取り込みながらも、夢に満ちたメッセージをきっちり維持したストーリーとなっている。

 本作はピクサー20周年記念を謳った最新作。作品の斬新さでは群を抜いている。
 なにせ登場するキャラクターが女の子の頭のなかにある“感情”なのだ。ヨロコビ、カナシミ、イカリ、ムカムカ、ビビリが擬人化され、少女をすくすくと成長させるために奮闘する姿が紡がれる。奇想天外にして深みのあるファンタジーだ。
 アイデアを思いついたのは『モンスターズ・インク』や『カールじいさんの空飛ぶ家』を手がけたピート・ドクター。彼の娘が思春期を迎えて急に性格が変わったことに戸惑ったのだという。その経験が出発点となって、感情を擬人化して冒険を繰り広げさせるというアイデアが生まれた。この発想をもとに、感情を生じさせるメカニズムをはじめ、心理学、生理学などのリサーチを徹底して行ない、感情の動きのリアリティをストーリーに織り込んでいった。
 脚本に仕上げたのはドクターに加えて、『イノセント・ボーイズ』の製作に参加したメグ・レフォーヴと、『カールじいさんの空飛ぶ家』で声の出演をしたジョシュ・クーリーの3人で構築された。監督はドクター。頭のなかを色鮮やかな世界に見立て、感情たちが手に汗を握る冒険を展開する。これぞアニメーションでしか成しえない映像世界。アメリカで批評家たちから絶賛され爆発的なヒットとなっているのは、本作のオリジナリティ溢れる仕上がりに起因している。
 声の出演は『俺たちフィギュアスケーター』などで知られ声の出演も多いエイミー・ポーラー、『バッド・ティーチャー』のフィリス・スミスなど、キャラクターにあわせた実力派が選りすぐられている、日本語版も竹内結子、大竹しのぶなど芸達者が顔を揃えている。

 11歳の少女ライリーは充実した毎日を送っていた。彼女の頭のなかの指令センターのなかでヨロコビが他の4つの感情をリードしていたからだ。
 嫌いなことを拒絶するムカムカ、腹が立つと爆発するイカリ、危険から身を守るビビリはライリーにとって必要な存在だと、ヨロコビは思っていたが、カナシミだけの役割だけは理解できなかった。
 だが、ライリーは親の都合で友達がいる大好きなミネソタを離れて、サンフランシスコに引っ越すことになる。環境が変わったことで、ライリーは不安定な精神状態に陥る。
 頭のなかで、カナシミがミネソタの“思い出ボール”に触れたことで楽しかった記憶が悲しみに包まれてしまう。カナシミが“思い出ボール”に触れるのをやめさせようとしたヨロコビは、カナシミとともに指令センターから放り出されてしまう。
 ヨロコビとカナシミは深い谷の未知なる地にいた。ふたりが指令センターにいないことで、頭のなかの世界は異変の兆しをみせはじめる。
 指令センターではイカリ、ムカムカ、ビビリがヨロコビの代わりを務めようとするがうまくいかない。ライリーの精神は危機的状態となってしまう。ヨロコビとカナシミは指令センターに帰りつくことができるのか。またカナシミの役割とは何なのだろうか――。

 人はさまざまな感情を持っているからこそ充実した日々を送ることができる。成長することができる。本作は、この事実を奇想天外なファンタジーのなかで、みごとに表現している。人前で感情を露わにしないことが美徳とされる日本では、自分の感情を素直に伝えるのは難しいが、それでも親しい人には自分の感情の在り様を知っていてもらうことが肝要だと、本作を通して痛感する次第。
 ドクターの演出はスピーディにライリーの頭のなかのヨロコビとカナシミの冒険を綴りながら、ライリーの不安定な行動と巧みにシンクロさせてみせる。ライリー自身の現実の行動が、ヨロコビとカナシミの指令センター帰還する冒険に時間刻みのサスペンスを与え、クライマックスまで疾走する寸法だ。冒険ストーリーのような顔をしつつ、思春期を迎えた少女の心情をここまで描きこんだ作品も稀だ。
 カラフルで不条理でユーモラス、イマジネーションに満ちた頭のなかの世界は見ているだけで楽しいし、登場する5つの感情たちもキュートで惹きつけられる。

 ピクサー・スタジオのアニメーションに外れがないことは本作でも証明してみせた。ストーリーをとことん練り込み、制約を離れて際立ったキャラクターを絞り出すピクサーのポリシーが作品に貫かれている。好もしい仕上がりだ。