豪華なキャスティングと、残念ながら無冠に終わったが、第68回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品されたことでも話題になった是枝裕和監督の最新作である。
この作品に描かれる、四姉妹と周りの人々の思いが季節の移ろいのなかで紡がれる世界は、日本人の心にくっきりと響いてくる。家族の在り様、死生観、季節感が映像から浮かび上がってくる。あえて形容すれば、小津安二郎的な世界といえばいいのか。カンヌでは“砂糖菓子のように甘い”という評があったと聞いたが、それは単に表面のこと。作品に込められた思いの深さは監督のこれまでの作品をはるかに凌駕している。
是枝監督は劇場用映画デビューにあたる『幻の光』がヴェネチア国際映画祭オゼラ・ドゥオロ賞に輝いて以来、海外からも熱く注目されてきた。監督3作目の『DISTANCE/ディスタンス』、続く『誰も知らない』がカンヌ国際映画祭のコンペティションを賑わし、特に『誰も知らない』では主演の柳楽優弥が男優賞に輝いた。
さらに2009年の『空気人形』はカンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品されて話題を集める。前作『そして父になる』でカンヌ国際映画祭審査員賞を獲得したのは記憶に新しいところ。ファンタジーの『空気人形』を別にすると、いずれも実際の事件をもとにした内容で、現代日本の人間のつながりを問いかけた作品ばかり。映像には孤独、空虚が漂っている。ドキュメンタリーで育んだ監督の問題意識、ていねいな筆致が、是枝監督が海外で評価される所以だろう。
だから海外の人々にとって、本作は期待と違った内容だったに違いない。ここには衝撃的な事件は登場しないし、際立った出来事が起こるわけでもない。3姉妹と母の違う妹が“姉妹になる”過程が鎌倉の美しい四季の風景とともに描かれるのみ。日本人(いや、少なくとも筆者)にはそこがいいのだ。映像に湧き上がる情感、死生観。登場人物の心の動きを的確にとらえた語り口に、是枝監督の円熟を感じることができる。
吉田秋生の傑作コミックを原作に、是枝監督が脚色。原作の魅力を凝縮しながら監督自身の解釈を加え、映画的なストーリーを構築していった。ディテールで個性を生み出していく作風はさらに際立ち、四姉妹の息遣いまでもが映像に焼き付けられている。
なにより素敵なのは魅惑的な俳優陣だ。NHKの大河ドラマ「八重の桜」で凛々しさをみせた綾瀬はるかが長女を演じれば、次女は『涙そうそう』の長澤まさみ。三女には『天然コケッコー』の夏帆、そして母の違う妹にはゼクシーのCFやテレビドラマ「学校のカイダン」で人気となった広瀬すずが起用されている。
この美女四人に加えて、大竹しのぶ、堤真一、加瀬亮、風吹ジュン、リリー・フランキー、樹木希林、鈴木亮平、池田貴史など、個性に富んだ顔ぶれが揃っている。
鎌倉の古い家に住む幸、佳乃、千佳の三姉妹のもとに、家族を捨てて出て行った父親の訃報が届く。母親も再婚のために出て行った。残された三姉妹は祖母に育てられ、その祖母も亡くなった今は、三人で暮らしている。
山形で行なわれた父の葬式には、二度目の妻との間にできた中学生の娘すずがいた。すずが三度目の妻に気兼ねする様子をみて、幸は鎌倉でいっしょに暮らすように提案する。
大叔母の反対を押し切って、すずと暮らし始めた三姉妹。季節が変わるなかで、お互いの心も次第に打ち解ける。次第に心に溜めた気持ちを素直に口に出すようになるすず。彼女を見守りながら、道ならぬ愛に悩むしっかり者の幸、仕事に目覚める自由奔放な佳乃、そしてマイペースで独自の価値観をもつ千佳も、それぞれに成長していく。四季の移ろいのなかで、彼女たちを取り巻く世界もまた変化していった――。
原作者の「自由に展開していい」との許しを得て、映画は原作とは異なる結末を用意している。キャスティングを踏まえて脚本を仕上げるという監督は、登場人物それぞれのキャラクターを女性たちの個性に合わせて好もしくつくりあげている。交わされるセリフもふくめて、登場人物の自然な佇まいが映画をさらに魅力的なものにしているのだ。原作があるせいか、これまでの是枝作品に顕著だった、(無意識も含めた)“悪意”の存在が本作に登場しないことも好もしい要因だ。
ストーリーはドラマチックな出来事が起きるわけでもない。穏やかな日々のなかで四人に喜び、悲しみが訪れ、そして新たな日々がやってくる。描かれるのは、すずが自分の居場所を見出していく過程であると同時に、見守る姉妹たちも自らの新たな立脚点に足を踏み出していく姿。それぞれが心に秘めていたものをすずという触媒を通して浮かび上がらせていく。 蛇足ながら、季節の流れとともに四姉妹の心の機微が紡がれるという意味では、ちょっと谷崎潤一郎の「細雪」を想起させたりもする(何度か映画化された「細雪」は、本作と同じようにキャスティングが豪華だったこともある)。
写真家出身で『そして父になる』でも是枝監督と組んだ瀧本幹也の撮影が四姉妹の日常を愛おしく浮かび上がらせている。なによりも鎌倉を舞台にしたのが正解だった。日本的な風景のなかに桜をはじめとする四季折々の風物をとりこみ、日本人として受け継がれた情感にいざなう。まこと琴線に触れる手腕である。
もちろん、出演者の魅力はいうまでもない。綾瀬はるかがきりりとしたところをみせれば、長澤まさみは女性としての色香を発散させる。夏帆は細やかな演技でさりげなく存在を主張すれば、広瀬すずが健気さを際立たせる。四人四様の魅力が映像にしっかりと焼き付けられているのだ。美しい女優たちがそれぞれの個性を発揮している。映画にとって、これほど素敵なことはない。
今年の映画賞を賑わせることは間違いない作品。見終わったときにほっこりとした気分に誘われる。女優たちをみるだけで、入場料の価値はある。