『ブラックハット』はサイバー犯罪を扱った、マイケル・マン得意のクライム・アクション!

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『ブラックハット』
5月8日(金)より、TOHOシネマズみゆき座ほか全国ロードショー
配給:東宝東和
©Universal Pictures
公式サイト:http://blackhat-movie.jp/

 

 クライム・ドラマを描かせたらピカイチのアメリカ人監督といえば、マイケル・マンをおいてない。1981年の劇場映画デビュー作『ザ・クラッカー/真夜中のアウトロー』の冒頭をみれば、その手腕に圧倒されるはず。金庫破りの主人公の仕事ぶりを惹きこまれるような映像でじっくりと描きだしている。そのこだわりの描写はプログレシッヴ・ロックの雄タンジェリン・ドリームの不安をあおる音楽とあいまって、鮮烈な印象を与えた。
 以降、『ザ・キープ』のようなホラー、ウエスタンの『ラスト・オブ・モヒカン』、シリアスドラマの『インザイダー』や伝記の『ALI アリ』など、多彩な作品歴を誇りつつ、基本的には“闘う男”を軸とした『ヒート』や『コラテラル』、『パブリック・エネミーズ』といったクライム・ドラマに抜群の演出をみせる。どの作品も劇場用デビュー作同様に描写にこだわり、サスペンスを盛り上げつつ、クライマックスにはとことん煽った上で爽快に果てる。マンのスタイリッシュな語り口はクライム・ドラマ好きには格別だ。
 こうしたマンのセンスはテレビのドラマにも大きな影響を与えている。テレビシリーズ「マイアミ・バイス」の製作総指揮を手がけて、ファッションとなるほどの超人気番組にしたことをはじめ、「メイド・イン・LA 」や、「クライム・ストーリー」などのクライム・ドラマを生みだしていった。

 2009年に『パブリック・エネミーズ』を送り出して以来、ひさびさにメガフォンをとったのが本作である。題名の“ブラックハット”とは、悪意をもってコンピュータやネットワークへの攻撃を行なうハッカーのことを指す。マンにとって、初めてコンピュータ犯罪を題材にした作品ということになる。
 常に手がける題材に対して徹底的にリサーチをかけるマンは、クライム・ドラマに関しては綿密な取材を欠かさない。とりわけサイバー犯罪の場合は特に国家安全保障省、FBIなどの政府系機関の専門家にもリサーチを行なったという。サイバー犯罪に対する多くの情報をもとに、マンは新鋭の脚本家モーガン・ディヴィス・フェールとともにストーリーを構築していった。
 サイバー犯罪には国境がないため、本作では香港、シカゴ、ロサンゼルス、ジャカルタとめまぐるしく舞台が変わる。だが、どんな場所であっても、マンのアクション作法、サスペンスの語り口は変わらない。全編をマン・タッチで貫いてみせる。
 出演は『マイティ・ソー』でおなじみになったクリス・ヘムズワースに、アメリカ生まれの台湾出身、歌手としても知られるワン・リーホン。さらにアン・リー監督作『ラスト、コーション』で注目されたタン・ウェイ、『ヘルプ~心がつなぐストーリー~』のヴィオラ・デイヴィス、『ダークナイト』のリッチー・コースターなど、ヴァラエティにとんだキャスティングが組まれている。

 香港の原子力発電所がハッキングされ、遠隔操作で核施設の冷却システムが破壊される。中国公安のサイバー防衛を担うチェン・ダーワイが捜査にあたるが、さらにシカゴのマーカンタイル取引所がハッキングされ、大豆の先物取引価格が急騰する。チェンはサイバー戦略の専門家である妹チェン・リエンとともにアメリカに協力を要請し、渡米する。
 アメリカでもFBIのキャロル・バレットが中国との合同捜査を上司に進言していた。顔を合わせるや否や、チェンは刑務所に収監されているブラックハット・ハッカーのニコラス・ハサウェイを捜査に協力させるように主張する。
 事件に使われたマルウェア(有害なコード)は、MIT在学中にハサウェイが開発したソフトを応用したものだったからだ。チェンとハサウェイは大学時代のルームメイトだった。
 チェンの要求を呑んだFBIはハサウェイを連邦保安官補マーク・ジェサップの監視付きで釈放する。
 チームに加わったハサウェイは驚異的な速さで犯人をあぶりだそうとする。僅かな痕跡をたどって香港に向かうが、敵も彼らの存在を知ってしまった。犯人の狙いは何か、探る前にチームは絶対の危機に陥る――。

 現実に遠隔操作が可能なサイバー犯罪は、犯人が地球上のどこにいても成立するわけで、ひとつの国の官憲だけで解決するのは難しくなってくる。犯罪も新しい局面を迎え、さらに加速している印象だ。マンはサイバー犯罪にさらされている現状、世界が犯罪に対してなす術を知らない状況を憂いたことも本作に挑んだ動機のひとつだと語っている。
 サイバー犯罪の遠隔操作の命令がラインを疾走するという、いささかアナログ的描き方になっているあたりはご愛嬌。目に見えない犯罪の過程を描写することでサスペンスを盛り上げようとする、マンの意志の表れなのだ。マンの語り口は冒頭の原子力発電所のメルトダウンのスペクタクルからはじまって、クライマックスの群衆内の銃撃戦まで、緩むことなく疾走している。
 なかでも嬉しいのは、ロサンゼルスを舞台にした傑作『ヒート』をほうふつとする、香港での銃撃戦だ。2度にわたる銃撃シーンがあるが、いずれもテンションの高さとサスペンスの盛り上げは申し分がない。マンの銃撃の殺陣のダイナミズムはどの作品も際立っているが、とりわけ香港が舞台なだけに興趣満点。何とも嬉しくなる。本作ではアジアの各地を転戦していくわけだが、マンの狙いに観光は入っていない。あくまでもアクションやスタントにふさわしい場所が選ばれている。
 犯罪防止の側として中国公安が出てくるあたりは興味深いし、FBIの上司がサイバー犯罪を行なうのは中国側とみなしている点も、マンのリサーチ力による設定か。マンの発想では、ストーリーは権力のある組織の活躍を描くことより、あくまで個人の戦いに収斂させるところにある。ここではチェンとの友情、チェンの妹との愛情に後押しされたハサウェイが敵に落し前をつけさせる展開。ハサウェイの男伊達がぐんと際立つ仕掛けだ。やはりスタイリッシュに男の戦いを演じさせたら、マンの右に出る者はいない。

 出演者ではヘムズワースがハッカーにしては無骨な印象だが、実際に敵と戦うシーンになると本領を発揮する。『マイティ・ソー』に加えて『ラッシュ/プライドと友情』をみて起用を決心したという。マンにしてみればアクションの格好がいい存在を選びたかったのだから、ヘムズワースで正解だ。
 ワン・リーホンに関しては、友情に厚いチェンをクールに演じているし、タン・ウェイは過不足なく色を添える。FBIのバレット役のデイヴィスはいかにもアグレッシヴな戦う女をくっきりと浮き彫りにしている。

 アクション志向の人にはお勧めしたくなる作品。アメリカでは評判が今ひとつだったようだが、マンのタッチに浸りたい人には注目だ。