『ゴーン・ガール』は、デヴィッド・フィンチャーの個性が活きた、ウィットに富んだサスペンス・ミステリー快作!

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『ゴーン・ガール』
12月12日(金)より全国ロードショー
配給:20世紀フォックス映画
© 2014 Twentieth Century Fox
公式サイト:http://www.foxmovies-jp.com/gone-girl/

 

 アメリカ本国で絶賛されたサスペンス・ミステリー。アカデミー賞ノミネーションを確実視する人がいるほどで、見る者の好き嫌いの激しいデヴィッド・フィンチャー作品としては、異例のヒットを飾ったことでも話題になっている。
 フィンチャーといえば『セブン』や『ファイト・クラブ』の頃にカリスマ的な人気を博し、近年は『ゾディアック』や『ソーシャル・ネットワーク』といった実話の映画化から、スリリングな『パニック・ルーム』、ファンタジックな『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』、北欧ミステリーのリメイク『ドラゴン・タトゥーの女』まで、多彩な作品歴を誇っている。初期の頃は、どこか宗教的な世界観と神の視点が際立った映像感性で突出していたが、年齢を重ねるにしたがって、語り口に円熟味を増してきている。作品に共通するのは人間の心の暗黒面を浮き彫りにすること。とりわけ、心に潜む悪意を緻密な映像で具現化することに長けている。アメリカ映画界では稀有な存在といっていい。
 本作は、全米で600万部を超える売り上げを記録し、日本でも話題をまいたギリアン・フリンのベストセラー小説の映画化だ。セレブ妻の謎の失踪を契機に、たたけば埃の出る夫は、周囲の状況から次第に殺人の犯人と怪しまれ、窮地に陥っていく。
 メディアの暴走、周囲の無責任な反応を活写しながら衝撃的な展開を迎える。まさにフィンチャーにとってはうってつけの、エゴイズムと悪意の横溢した世界だ。フィンチャーはこのストーリーを、ブラックユーモアのスパイスを利かせながら、巧みに映像化している。決して後味はいいとはいえないのに、分かり易いものが好きなアメリカ国民がここまで支持したのは、ひとえに痛快ともいえるフィンチャーの語り口にある。
 もともと、この原作に着目したのは『ウォーク・ザ・ライン・/君につづく道』でアカデミー主演女優賞に輝いたリース・ウィザースプーンだった。当初は自らの主演作として考えていたらしいが、製作に名を連ねることに留めた。脚色にあたったのは原作者フリン自身。フィンチャーの資質を理解した上で、映像化にふさわしいストーリーにまとめ上げている。
 キャスティングも凝っている。『アルゴ』でアカデミー作品賞を獲得し、俳優のみならず監督としての手腕も認められたベン・アフレックに、『007 ダイ・アナザー・デイ』でボンドガールに抜擢された、英国の演技派美人女優ロザムンド・パイク。
 さらに『スターシップ・トゥルーパーズ』のニール・パトリック・ハリス、作家、監督としても知られアフリカ系アメリカ人に絶大な人気を誇るタイラー・ペリー、『しあわせの隠れ場所』のキム・ディケンズ、テレビシリーズ「LEFTOVERS/残された世界」のキャリー・クーンなど、フィンチャー好みの個性派が揃っている。

 幼い頃から母の書いた絵本のキャラクターのモデルとして、完璧な女の子と謳われたセレブ女性のエイミーが、5年目の結婚記念日の当日、突然に失踪する。キッチンには血痕が残り、争った跡もあった。
 夫ニックとはニューヨークで出会い、大恋愛の末に結ばれたのだが、夫の故郷であるミズーリ州の小さな町に移ってからは、ふたりの仲は必ずしも順風満帆ではなかった。
 失踪を届けたニックに、警察は失踪と殺人の両面から捜査を開始する。ニックはメディアに協力を依頼したことで、全米中の話題の的となる。
 残された証拠から、ニックは当然のように疑われ、知られたくない事実もメディアに明らかにされるが、事件は次第に思いもよらない展開をみせていく――。

 ストーリーの詳細はここまでしか書けないが、意外な展開が待ち受けていることは保障する。正攻法のミステリー・サスペンスとして滑り出して予断を許さない展開を次々と用意。夫ニックが事件の首謀者か否かの興味でぐいぐい引っ張っていき、ある時点からトーンががらりと変貌する。別な側面からみた世界にワープするというのが正解か。とにかく“なるほど、こう来たか”と舌を巻くばかり。まこと見る者を翻弄するつくりとなっている。
 フィンチャーはへたをすると“トンデモ映画”になりかねない底意地の悪いストーリーを、ブラックユーモアと洗練されたスタイルで押し切る。なによりも万人が楽しめるエンターテインメントに仕上げるという意志が本作にはあり、彼自身の個性と絶妙のバランスで融合している。詳細に語りたくてたまらないのだが、ネタばれになりかねないので、泣く泣く割愛。ただ、フィンチャー作品のなかでは群を抜いてうまい。脂が乗り切った演出ぶりである。

 出演者では、ニックに扮したベン・アフレックが脛に傷持つキャラクターをさらりと演じていい味をみせる。男の卑怯さ、エゴイズム、間抜けさをみごとに演じきっている。これも年輪を重ね、場数を踏んだ成果だ。
 だが、なんといっても注目はエイミー役のロザムンド・パイクだ。ボンドガールとして注目された以降はむしろ地味な活動をみせてきた彼女だが、ここでのパフォーマンスは際立っている。フィンチャーの指導のもと、このキャラクターに素晴らしい魅力を吹き込んでみせた。この美しく、聡明で、複雑なキャラクターは、恐らく映画史に残るものだ。
 
“ヒッチコックに匹敵する”とのアメリカの評もあるが、フィンチャーの資質がもっとも生きた作品であることは間違いない。全編、2時間29分の長尺ながら、いささかもダレることがない。掛け値なしに面白い作品である。