『バットマン ビギンズ』、『ダークナイト』、『ダークナイト ライジング』からなる“バットマン3部作”を生みだしたことで、クリストファー・ノーランに対する認知度は一躍、高まった。しかも、3部作の間に『プレス テージ』や『インセプション』といった異色作を送り出して懐の深さをアピール。さらに話題を集めた。一筋縄でいかない展開と人間の心の奥に分け入った作風 を貫くノーランが、3部作の後にどんな作品を手がけるのか。大きな期待が寄せられていた。
その答が本作ということになる。ともに脚本を手がける ことの多い弟ジョナサンが関わっていた企画を引き継ぐかたちで本作はスタートした。これは、著名な理論物理学者キップ・ソーンの惑星間旅行のワームホール 理論をもとに構築された、本格的なハードSFである。この企画に挑んだノーラン兄弟は、ソーンとコミュニケーションを深めつつアイデアを吟味。存分に個性 を織り込みつつ、これまでのSF名作にも目配せをしてみせ、圧巻のストーリーを生みだした。いうなれば本作はノーラン版の宇宙のユリシーズ、“スペース・ オデッセイ”なのだ。
地球が荒廃し食糧危機がはじまった近未来、滅亡を目前にした人類は居住可能な惑星を求めて調査隊を送り込む――このSFの 王道的な設定のもと、ノーランはシングルファーザーの元宇宙パイロットを主人公に選び、父の愛というエモーショナルな要素をストーリーの軸に据える。さら に宇宙旅行には付きものの地上と宇宙との“時間”の違いが加わって、ノーランらしいエモーショナルな世界が構築されている。
できるだけリアルな 意匠にするため、実物大の宇宙船をつくりあげ、アイスランドにロケーションを敢行。IMAXカメラを手持ちで撮る方法を駆使して、精緻な映像をものにし た。しかも撮影にあたっては宇宙体験のある飛行士を技術顧問に起用するなど、徹底的に本物にこだわった。なるほど、息を呑むような迫力の映像に効果が表れ ている。
しかも出演者が豪華だ。主人公を演じるのは『ダラス・バイヤーズ・クラブ』で第86回アカデミー賞主演男優賞に輝いたマシュー・マコノ ヒー。共演陣も『レ・ミゼラブル』で第85回アカデミー賞助演女優賞を手中に収めたアン・ハサウェイ、『ゼロ・ダーク・サーティ』のジェシカ・チャスティ ン、『アリスの恋』の名女優エレン・バーンステイン。続いてノーラン作品にはおなじみとなった英国の名優マイケル・ケイン、『死霊館』のマッケンジー・ フォイ、『めぐり逢う大地』のウェス・ベントリー。さらに公開までは出演が秘密にされていたマット・デイモンまで、まさに充実の顔ぶれといっていい。壮大 な設定に負けることのない人間ドラマをつくりあげるために、理想的なキャスティングが組まれている。
上映時間、2時間49分の長さながら、ひと時もダレることがない。ノーランならではのスリリングで心に響く世界がここに登場する。
劇的な環境変化によって世界的な食糧飢饉が人類を襲った近未来、元宇宙飛行士のクーパーは義父の助けを借りながら、トウモロコシをつくり、息子のトムと娘のマーフを育てている。宇宙に対する夢を持ちながらも、現実を見据え、懸命に栽培を続けている。
だが、状況は悪くなる一方。子供たちの未来は絶望的だった。トムは農業をしっかりと身につけて頼れる存在になったが、マーフは宇宙を夢見る、科学と父親が 大好きな少女に育っていた。子供たちの未来のために何かできないかと考えはじめたクーパーは、不可解なサインに導かれ、秘密裏に開発を進めていたプロジェ クトに誘われる。
地球以外に人類が生存しうるための惑星を求めるという、人類の命運を左右するこのプロジェクトには経験のある宇宙飛行士が欠けていた。ある事故からNASAを辞したクーパーはうってつけの存在といえた。
このプロジェクトが成功すれば、子供たちの未来は拓ける。クーパーは参加を決意するが、マーフは激しく反対する。子供たちと別れることは彼にも辛いことだった。必ず帰ってくるということばを残し、泣きじゃくる娘を置いて、クーパーは宇宙へと旅立つ。
宇宙船の同乗者はプロジェクトを推進したブランド教授の娘で科学者のアメリアと天体物理学者のロミリー、ドイルの4人。彼らを補佐するのは2体の軍用ロ ボットCASEとTARS。土星近くにあるワームホールを使って、異なる銀河系に飛び立ったが、クーパーは自分がプロジェクトのごく一部しか知らされてい なかったことに気づく――。
宇宙旅行といってもエイリアンが出てきて激しいバトルというような趣向とはまったく無縁の、底知れぬ恐ろしさ を秘めた世界が次々と登場する。彼らが到達する惑星はいずれも途方もない自然現象に彩られ、宇宙飛行士たちが翻弄される展開である。ノーランはロケーショ ンで切り取った映像を活かし圧倒的なスケール感をもって、人知を超える自然の凄まじさを綴っていく。
もちろん、知が立つノーランとあって、単純 な宇宙探査映画ではない。あくまでもドラマチックな要素は人間の心に起因するものであり、ストーリーを彩る手に汗握るサスペンスはいずれも人間がもたらし たものとなっている。クーパーがユリシーズのように旅する存在となり、マーフとの約束を果たすために地球に戻ろうとする。娘に使命を託したブランド教授も また、娘を思う気持ちは負けていない。ふたりの思惑が交錯し、予断を許さない展開となっていく。人類という種を継ぐという大義か、子を思う親の気持ちか。 選択を迫られたクルーたちの心情が浮き彫りにされる展開だ。
有無を言わさずに、画面にくぎ付けにする演出力。前半部からほぼ全開となっているエ モーションの鼓動が宇宙旅行のクールな映像のなかでも響き渡る。宇宙空間と地上とのタイムパラドックスもエモーションの鍵となり、親子の関係にさらに切な さが加わる。ぐいぐいと見る者に迫ってくるのだ。
後半から一気呵成、スタンリー・クキューブリックの映画史に残る名作『2001年宇宙の旅』を ほうふつとするクライマックスまでただただ画面に惹きつけられる。ノーランはキューブリックの作品に敬意を払いつつ、まったく違う結末を用意する。この結 末には賛否があるだろうが、ノーランらしさに溢れている。詳細を書くのは興をそぐから、とにかく本作を見ていただく他はないが、最終的に愛に関する映画と して結実するとはいっておきたい。
出演者では何といってもクーパー役のマコノヒーが素敵だ。子供を思う気持ちからプロジェクトに参加し、 旅行中には大義に対して人間としての感情で抗う。まこと人間味に溢れたキャラクターを体現してみせる。『マジック・マイク』や『ダラス・バイヤーズ・クラ ブ』などで、リアルな役柄をみごとに演じきったマコノヒーは今、俳優として円熟の時期を迎えている感じがする。
アメリアに扮したハサウェイ、ブ ランド教授役のケインも充実の演技を披露してくれる。特筆すべきはマーフに扮したフォイの達者さだ。クーパーとの別れの場面では思わず胸が熱くなるほど、 真に迫っている。本作ではあまり明らかにしたくない役どころも少なくない。チャスティンやバーンステインがどんなキャラクターに扮するか。デイモンの登場 もふくめて見てのお楽しみといっておきたい。
難解に進むのかと思わせて、極めてエンターテインメント的な結末で幕を引く。ノーランの演出が冴えている。面白いし切ないし、何度も見たくなる仕上がり。これはお勧めしたい。本年、屈指の1本だ。