『思い出のマーニー』は、スタジオジブリが”ポスト宮崎駿”の思いを込めて挑んだファンタジー。

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『思い出のマーニー』
7月19日(土)より、全国東宝系にてロードショー
配給:東宝
©2014 GNDHDDTK
公式サイト:http://www.marnie.jp

 

 2013年、日本映画を牽引してきたスタジオジブリは、大きな転換を迎えることになった。長年、同スタジオとともに作品を送り出してきた匠、宮崎駿が『風立ちぬ』を最後に長編作品からの引退を発表。一方で、同じく功労者の高畑勲が14年ぶりの監督作『かぐや姫の物語』を生み出して絶賛を浴びた。両巨匠の野心作の後で、スタジオジブリはどんな作品を生み出すのか。ファンのみならず、映画界も期待と不安をもって新作を待ちうけた。
 登場したのが『思い出のマーニー』である。この作品は両巨匠が関わらなかった初めてのスタジオジブリ作品だという。原作はイギリスのジョーン・G・ロビンソンが書いた同名児童文学。これにいたく感銘を受けた米林宏昌が映画化を希望して製作の運びとなった。米林監督にとっては『借りぐらしのアリエッティ』に続く、2本目の監督作品となっている。
 製作にあたっては『かぐや姫の物語』でプロデューサーに名乗りを挙げた西村義明のもと、意欲的なチームが組まれた。『もののけ姫』や『千と千尋の神隠し』の作画監督を務めながら、宮崎駿との方向性に違いからスタジオジブリを去った安藤雅司を13年ぶりに共同脚本と作画監督を依頼。美術監督は『キル・ビル』や『清須会議』など実写映画で輝かしい経歴を誇る種田陽平を起用した。種田にとっては初めてのアニメーション参画となる。
 米林監督がなによりも力を入れたのは、脚本と絵コンテ作業だったという。両巨匠が関わらないとレベルが下がると映画ファンにいわせないため、18か月の期間をかけて、徹底的にストーリーを練りこんでいった。ひとりの孤独な少女・杏奈とミステリアスな少女マーニーの、ひと夏の絆の物語。米林、安藤に加えて『コクリコ坂から』の丹羽圭子が脚本に参加し、舞台を日本の北海道に移して、ストーリーを構築していった。原点に戻って、子供のためのスタジオジブリ作品を志向している。
 新鮮さを求める意向は声の出演者にも反映されている。オーディションで、テレビドラマ「ブラック・プレジデント」の高月彩良がヒロイン、杏奈に抜擢され、テレビドラマ「あまちゃん」などで個性をみせた有村架純がマーニー役に起用されている。ふたりを囲んで、松嶋菜々子、寺島進、根岸季衣、森山良子、吉行和子、黒木瞳など、充実した顔ぶれが揃っている。

 札幌に暮らしていた中学1年生の杏奈は養母との仲もしっくりせず、誰に対しても心を閉ざす日々を送っていたが、持病の喘息が悪化。ひと夏の間、転地療養をすることになる。
 やってきたのは養母の親戚夫婦が住む海辺の村。心を開かない彼女を親戚夫婦はあるがままに受け入れる。彼女は、村の人たちが“湿っ地屋敷”と呼ぶ、入江に立つ古い洋館に心惹かれ、夢にも現れた。夢には決まって金髪の少女が登場した。
 村の中学生と諍いを起こしたお祭りの晩、杏奈は“湿っ地屋敷”のみえる海辺に立っていた。彼女は自分自身の性格に腹が立って、悔し涙を流していると、夢に出てきた少女が現れる。
 マーニーと名乗る少女には、なぜか素直に向き合える杏奈。ふたりは周囲には秘密に、日々を過ごすようになり、絆を育んでいく。
 やがて、杏奈はマーニーの心に深い悲しみがあることを知る。マーニーとはいったい誰なのか。素直な心を取り戻した杏奈は夏の終わりとともに、謎に満ちたマーニーの悲しい軌跡を知ることになる――。

 いってみれば、マーニーというファンタジックな存在を通して、主人公の杏奈が自分らしさを取り戻す再生の物語。思春期特有の心の揺れを抑えることができずに、自分を持て余す孤独な杏奈が、マーニーとのふれあいのなかで、自分自身と素直に向き合うことを学ぶ。脚本が多少ぎくしゃくするところがあるものの、杏奈の心の救済とマーニーの愛の深さが映像から浮かび上がってくる。どこまでもヒロインに寄り添って、繊細に話を紡ぐ手法を貫いた米林監督は、第1作よりも遥かに自分らしさを打ち出している。
 かつての先輩である安藤雅司を迎え入れ、アニメーションを手がけたことのない種田陽平に美術を依頼したのは、よりリアルな肌合い、感覚の再現を映像に持ち込むことが目的だったという。確かに湿地の雰囲気を濃密に浮かび上がらせ、日常の生活のひとこまを細やかな描写で再現したことで、ファンタジーとしてのストーリーに説得力をもたせている。
 さらに音楽面でも変化を加えた。これまでのジブリ作品でおなじみの久石譲から、『アントキノイノチ』の村松崇継を起用したことも、個性を鮮明にしようとの試み。長年、スタジオジブリ作品が大好きで、音楽を担当することを願っていたという村松は、米林監督の世界に溶け込んだ楽曲を提供している。しかもロサンゼルスのシンガー・ソングライター、プリシラ・アーンによる主題歌「Fine On The Outside」も親しみやすく、爽やかな余韻をもたらしてくれる。

 米林監督は『風の谷のナウシカ』を小学5年生で体験して以来、スタジオジブリ作品を見て育ったとコメントしている。同スタジオ生え抜きのこの監督は、宮崎と高畑という偉大な先達の影響を受けながらも、新たな方向性に進もうとしている。それが成功しているかどうか、ご自身の目で確認されたい。やはりスタジオジブリの作品は夏にふさわしい。魅力的な仕上がりである。