『カツベン!』はエンターテインメント性満点、映画愛に満ちた映画創成期の痛快成長ドラマ!

『カツベン!』
12月13日(金)より、丸の内TOEIほか全国ロードショー
配給:東映
©2019「カツベン!」製作委員会
公式サイト:http://www.katsuben.jp/

 

他人が手をつけていないような題材を選び、優れたエンターテインメントに仕上げる。まこと監督、周防正行は日本映画界で突出した存在といえる。決して数は多くないのに、いずれも忘れがたい作品ばかりだ。そこには題材を吟味し、徹底的にリサーチを施し、手応えを得てから作品に挑む周防監督の姿勢が裏打ちされている。

周防監督は1984年にピンク映画の『変態家族 兄貴の嫁さん』で監督デビューを果たし、僧侶への修行の日々を綴った1989年の『ファンシイダンス』や、学生相撲を題材にした1991年の『シコふんじゃった』でたちまち多くのファンを擁するようになった。

だが、全国区の人気を博したのは『Shall we ダンス?』からだった。それまで中高年を中心に愛好されていた社交ダンスを題材に、ミドルエイジ・クライシスに陥りかけたサラリーマンの精神的成長をコミカルに描いて大ヒット。1996年の日本映画興行ランキングの2位に輝くと同時に、日本アカデミー賞では最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀脚本賞、最優秀主演男優賞、最終週主演女優賞をはじめ、史上最多の13冠を獲得した。さらにアメリカでも公開され、日本映画として異例のヒット。2004年にはリチャード・ギア主演の同作のリメイクまで生まれるほどだった。

その後、長い空白期間を経て、2007年に『それでもボクはやってない』を発表。痴漢冤罪を題材に、コメディ路線から一転してシリアスなドラマに挑んでみせた。さらに2012年の『終の信託』で終末医療の問題を扱うなど、監督の社会に対する眼差しの鋭さを知らしめ、2011年には伴侶である草刈民代のバレエ映画『ダンシング・チャップリン』を発表するなど、可能性を求め多彩な作品にチャレンジしてきた。

 

そして2014年に周防監督は原点回帰を果たす。コメディ・ミュージカル『舞妓はレディ』を発表し、コメディセンスに衰えのないことを知らしめた。それからさらに5年。いよいよ本作の登場となる。

本作は無声映画時代に活躍した活動弁士、略してカツベンに焦点を当てたコミカルで痛快な理屈抜きに楽しいエンターテインメントだ。

カツベンは、映画の無声映画時代に、楽士の奏でる音楽を従えて語りや台詞で映像を補う役割を担った。カツベンそれぞれの個性に応じて、映画自体のイメージもがらりと変わったという。本来は映画の補強であるはずのカツベンの語りを目当てに、映画館に行く観客も少なくなかったという。個性を押し出し朗々と謳い上げる映画黎明期のスターにして語りのプロだった。

彼らは音の入ったトーキー映画の出現とともに、たちまち消えていった。その儚さも含めて周防監督の琴線に触れたのだと思われる。監督は徹底したリサーチを施したのち、デジタル時代でフィルムが追いやられている現在の映像状況にカツベンの存在を重ね合わせているのだと思われる。

本作は周防監督にとっては初めて他人の脚本を手掛けることになった。脚本を担当したのは、周防作品の助監督を長年務めた片島章三。成長物語の骨格のなかで、映画黎明期のとことん面白さ本位。肩の力の抜けた演出が心地よい。

キャスティングはフレッシュだ。『愛がなんだ』の成田凌を主役に抜擢し、相手役は『プリンシパル~恋する私はヒロインですか?~』の黒島結菜。永瀬正敏、高良健吾、音尾琢真、井上真央、小日向文世、竹野内豊が脇を固める豪華な布陣だ。もちろん周防作品にはお馴染みの竹中直人、渡辺えりも顔を出す。

 

子供の頃に活動写真の弁士に憧れながら、泥棒一味に加わってしまった染谷俊太郎は、閑古鳥の鳴く映画館・青木館に潜り込む。

そこにいたのは人使いの荒い館主夫婦に、傲慢な弁士、酔いどれ弁士、職人気質な映写技師。俊太郎は雑用ばかり任されるうちに、弁士になる夢を実現させようとする。そんな彼の前に、かつての泥棒仲間、警察、そして幼なじみの初恋相手が現れる。

青木座はライバルから激しい妨害を受けていた。一緒に活動の夢を語り合った初恋相手との再会もあるなかで、俊太郎の一世一代の奮闘が始まった――。

 

随所に笑いを散りばめながら、周防監督は無声映画時代の映画館の雰囲気をみごとに再現。映画、活動弁士に熱狂した庶民の姿を活写しながら、個性豊かな人間に囲まれた俊太郎の成長をくっきりと紡ぎ、彼の恋と冒険を痛快に映像化している。とことん平易な語り口で貫いた青春冒険物語の趣。あくまでエンターテインメントとして成立させることを貫いた周防監督の姿勢が潔い。

本作での注目は撮影に『八日目の蟬』の藤澤順一を起用したことだ。これは周防監督が初めてデジタル方式の撮影を採用したことと無縁ではない。「もはや時代劇を撮るには、背景の余分なもの消したり、逆に加えたりするCGやVFXなしには成立しない」と周防監督も認めている。CG、VFX技術が使いやすいデジタル方式採用は時代の趨勢といえるか。それを易々と使いこなしているあたりが周防監督の適応力の凄さだ。

おかしいのは作品に登場する無声映画の名作の数々を、周防監督が新たに生み出したこと。シャーロット・ケイト・フォックスや城田優、上白石萌音に草刈民代といった豪華な面々が白塗りの扮装で大仰に演じる。監督ならではの遊び心が楽しい。

 

感心したのは主演の俊太郎を演じた成田凌、酔いどれ弁士役の永瀬正敏、傲慢な若手弁士に扮した高良健吾が弁士の朗々たる発声を身につけていたことだ。耳に心地よい名調子といえばいいか。活動写真ファンを酔わせた話術がきっちりと再現されている。特訓の成果というが、演じた俳優たちにとって、この話術の習得は間違いなく財産になるはずだ。

 

明るく楽しく、爽やか。周防正行監督のひさびさの新作は映画を愛する者に捧げられた、正月にふさわしい逸品である。