『メアリーの総て』は、エル・ファニングの魅力が際立つ、鮮烈でエモーショナルな女性映画。

『メアリーの総て』
12月15日(土)より、シネスイッチ銀座、シネマカリテほか全国順次公開
配給:ギャガ GAGA★
©Parallel Films (Storm) Limited / Juliette Films SA / Parallel (Storm) Limited / The British Film Institute 2017
公式サイト:https://gaga.ne.jp/maryshelley/

「フランケンシュタイン」といえば、怪奇小説の古典として知られている。映画化作品の人造人間の恐ろしい容貌を頭に思い浮かべる人も多いはずだ。フランケンシュタインは人造人間を造った男の名前なのだが、いつのまにか人造人間を指すようになり、そのヴィジュアル・インパクトの強さから怪物ホラーキャラクターのナンバーワンとなっている。
 本作はこの小説を生み出したメアリー・シェリーの人生に焦点を当てる。詩人パーシー・シェリーの妻であり、18歳でこの小説を生み出した彼女の波乱の軌跡が美しくエモーショナルな映像で描き出される。
 監督を務めるのはサウジアラビア出身の女性監督ハイファ・アル=マンスール。サウジアラビアは厳しいイスラム教の戒律を守り、女性の権利があまり認められていない側面があるが、アル=マンスールは『少女は自転車に乗って』で同国出身の初めての女性映画監督として世界が認めた存在だ。
 脚本はオーストラリア出身のエマ・ジェンセンが書き上げ、アル=マンスールが手を加えるかたちで完成させた。封建的な男性社会を背景に、男の身勝手さに翻弄され、自分の才能で生き抜こうとしたメアリー・シェリーの軌跡は現代にも通じる。封建的な社会で生きてきたアル=マンスールが本作に情熱を傾けたのも頷けるところだ。
 健気に運命に立ち向かうメアリー・シェリーを演じるのは『ネオン・デーモン』や『パーティで女の子に話しかけるには』など、多彩な役柄に挑戦し進境著しいエル・ファニング。共演は『高慢と偏見とゾンビ』のダグラス・ブース、『マイ・プレシャス・リスト』のベル・パウリー、『リメインダー 失われし記憶の破片』のトム・スターリッジ。『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』のスティーヴン・ディレインなど、実力派が選ばれている。

 思想家ウィリアム・ゴドウィンとフェミニズムの先駆者メアリ・ウルストンクラフトとの間に生まれながら、産褥で母を失ったメアリーは、両親の知性を継いで育った。義妹のクレアとは仲が良かったが継母との折り合いが悪く、15歳の時にアイルランドの父の友人のもとに送り出された。
 アイルランドでメアリーは天才と称えられる詩人パーシー・シェリーと出会い、たちまち恋に落ちる。
 ロンドンに戻ったメアリーのもとにシェリーが現われる。父に弟子入りするという名目で足繁く出入りするシェリーに、メアリーは激しく恋の炎を燃やす。シェリーに妻子がいることが判明しても情熱は冷めず、父の反対に抗ってクレアを連れてシェリーと駆け落ちをした。だが親に勘当されてシェリーのお金は底をつき、メアリーの夢見た生活とは真逆な過酷な生活がはじまる。やがて身ごもり、出産の喜びに包まれたのもつかの間、子供は病で生命を落とす。
絶望に苛まれるメアリーを、クレアは愛人であるバイロン卿のスイスの別荘に誘う。
 シェリー、バイロンとの芸術論議に刺激された彼女は、夜ごとの創作ゲームに加わり、「フランケンシュタイン」の着想を得る。ロンドンに戻ったメアリーは小説に自らの体験をすべて盛り込んで完成させるが、彼女の戦いはまだまだ続いていく――。

 19世紀初めの男性中心の封建社会で、才能に溢れた女性が生き抜くことがいかに過酷であったかを、ハイファ・アル=マンスールは聡明な語り口で静かに綴っていく。
 女性が男性の勝手な理屈に従って、自らの夢や情熱を失わずにいるのは決して楽なことではない。男女平等を謳っても、現代でも男性優位の発想は依然として存在する。アル=マンスールが育ったサウジアラビアはイスラム教の戒律に従っているために、自由を求める女性たちにとっては縛られている感覚は強いのだろう。彼女がこの脚本に惹かれた理由はここにあるし、メアリーの軌跡が現代に生きる多くの女性の共感を得られると確信していたからに他ならない。
 アル=マンスールの語り口は平易でロマンチックなラヴストーリーにはじまり、次第にリアルな様相に転じていく。メアリーの少女らしいロマンチズムや夢が、現実に直面したとき、幻滅と絶望に変貌する。その一部始終が「フランケンシュタイン」の創作の糧になったことを映画は分かりやすく伝えてくれる。なによりもメアリーの思いの変化をエモーショナルに映像化する術には感心させられる。女性の一代記として傑出している。この女性監督の今後がさらに楽しみに思えてくる。

 出演者ではエル・ファニングの可憐さ、聡明さが際立つ。時代に抗いながら生きる女性の心細さを浮き彫りにしつつ、凛としたイメージを崩さないところがいい。作品を重ねるごとにどんどん魅力と実力を増してきた印象である。
 共演陣もシェリー役のダグラス・ブースが男の魅力と卑しさを体現すれば、クレア役のベル・パウリーは義姉に対して羨望と嫉妬を持った凡庸な娘を好演。バイロン役のトム・スターリッジもいかにも自堕落な貴族をさらりと表現するなど、いずれもきっちりとした演技を披露している。

 正月にいささか控えめな印象を持たれるかもしれないが、見終わったときの深い余韻は約束できる。一見の価値は十分にある。