アメリカ映画界の層の厚さを実感するのは、若く活きのいい若手映画人が次々と輩出してくることだ。野心的で斬新なアイデアの作品を引っ提げて、アメリカ映画界を活性化させている。その活きのよさを継続できるかどうかは別として、常にチャレンジャーがいるということは映画界にとってはすばらしいことだ。
本作もまたアメリカ映画界を驚かせた1本である。突然に失踪した高校生の娘を、父が娘のラップトップコンピュータを手がかりにして捜索するという、いってみればミステリーの王道的なストーリーの貌をしながら、斬新な語り口によってみる者を幻惑し、思いもよらぬ結末に持ち込む。現代にふさわしい先端を行くサスペンスとしてアメリカでは高く評価された。
センセーションを呼んだのは、すべてのシーンが私たちの普段見慣れたコンピュータやスマートフォンの映像で構成されていたことだ。SNSの画面、FaceTimeでの会話、ビデオブログ、ニュースレポート、監視映像などを巧みにモザイクのように散りばめ、ネット世界の迷宮を具現化することでサスペンスフルな作品に仕上げてみせた。まこと、瞬時に異世界に入り込んでしまうネットの恐怖を体感できる構成なのだ。
仕掛けたのはアニーシュ・チャガンティとセヴ・オハニアンのふたり。USC出身のインド系アメリカ人のチャガンティは今年27歳の新星。片やオハニアンは『フルートベール駅で』の共同プロデューサーを務めたのをはじめ、意欲的に作品を手がけ、ネット上で「ハリウッドを変える11人のイノヴェーター(革新者)」のひとりに数えられている。
本作は最初、短編としてアイデアがはじまったが、ふたりで練りこむうちに長編作品に収斂されていった。チャガンティにとっては初めての長編監督作品となる。
本作でふたりはアメリカにいるアジア系の人たちに焦点を当てることにこだわった。登場するのは韓国系の家族。アメリカで公開時期がほぼ同じだった大ヒット作『クレイジー・リッチ』と並んで、アジア系アメリカ人の存在をクローズアップすることにもなった。
出演は『スター・トレック』シリーズのヒカル・スールー役で知られるジョン・チョー。テレビ映画『ギルモア・ガールズ:イヤー・イン・ライフ』に端役で出演したミシェル・ラ。さらに『さよなら、さよならハリウッド』のデブラ・メッシング。テレビシリーズ「リゾーリ&アイルズ」などに助演したジョセフ・リー、『ワイルド・スピード SKY MISSION』のサラ・ソンなど、地味ながらキャラクターにマッチしたキャスティングが組まれている。
妻を失い、16歳の少女マルゴとふたりきりの生活となったデヴィッドは、ある日、勉強会に行くといって出かけた娘が失踪したことに気づく。
妻の死後、会話もなくなった娘の行方を懸命に捜すが行方不明のまま。警察に失踪届を出し、担当刑事のヴィックに相談しながら、娘の残したラップトップコンピュータを開く。娘のSNS、メールを辿り、彼女の消息を知ろうとするが、そこにはデヴィッドの知らないマルゴの別な貌があった。
それでも懸命にネットの世界に入り込んでいくデヴィッドはやがて思いもよらぬ事態に立ち至る。マルゴの身に何かが起きたのだろうか――。
一緒に住んでいても、家族の心のなかまで理解することは至難の業といっていい。ましてデヴィッドは妻を失ったばかり。健気にふるまう娘の心中まで思いやる余裕がなかった。こうした設定の下、娘を気遣う切羽詰まった父親の心情が浮き彫りになり、刻々と過ぎていく時間がサスペンスを盛り上げていく。アメリカでは家出をするティーンの数が多く、警察も真剣に取り合ってくれない状況が前提にあり、父親の懇願にもかかわらず、事件として取り上げてもらえないことも彼の焦燥の要因になる。卓抜した意匠のもとで、父の情をストーリーの核にしたことが本作の評価された理由である。
それにしてもコンピュータ、スマートフォン画面で押し通した勇気には脱帽したくなる。ストーリーを展開させるうえではそうした画面以外の映像が必要になるはずだが、監視映像などでクリアし、あくまでコンピュータ画面にこだわった。いつも見ている映像でこのようにスリリングな世界を構築したことに拍手を送りたい。アニーシュ・チャガンティとセヴ・オハニアンが知恵を絞った成果がここにはある。
なによりもミステリーとしてきっちり成功していることを称えたい。ストーリーに散りばめられた伏線がきっちりと収まるところに収まる。コンピュータ画面で展開することで巧みに煙に巻くあたり、達者なものである。チャガンティの隙のない演出ぶりが次にどんな世界で繰り広げられるか楽しみになってくる。
出演者では父親役のジョン・チョーのひとり舞台。父は娘の失踪に驚き、戸惑い、同級生たちの無関心さ、警察の対応に怒るなど、あらゆる感情表現を求められるが、みごとに演じ切っている。チョーのリアリティ豊かなパフォーマンスが作品に惹きこむ原動力になっていることは間違いない。さらに共演陣もネタばらしになりかねないので詳細は避けるが、適演揃い。素敵なアンサンブルを披露してくれる。
決して派手な意匠ではないが、着想に富んだ素敵なミステリー。秋にふさわしい作品として一見をお勧めしたい。