『クワイエット・プレイス』は抜群のアイデアで押し通した、全米大ヒットのホラー快作!

『クワイエット・プレイス』
9月28日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
配給:東和ピクチャーズ
©2018 Paramount Pictures. All rights reserved.
公式サイト:http://quietplace.jp/

 ホラー映画には不気味な物音や悲鳴が不可欠だ。音がじわじわとサスペンスを盛り上げ、悲鳴が恐怖を加速度的に高める。だからホラー・キャラクターの多くは悲鳴を誘発するような醜悪な容姿だったりする。
 だが本作はそうしたセオリーを逆手に取る。なにせ惹句が“音を立てたら、即死”といい、会話はおろか、音を立てないことで生き延びている家族を主人公にしているからだ。
 これで怖いのかと問われれば、ものすごく怖い。人間は物音を立てずに生きていくことなどおよそ不可能だ。神経をすり減らす生活のなかで動作ひとつにもサスペンスが生まれる。この“音を立てられない”という抜群の設定を生み出したのは『ナイトライト ‐死霊灯‐』(2015 劇場未公開)の脚本・監督を務めたブライアン・ウッズとスコット・ベック。アメリカでは注目すべき脚本家に数えられているふたりは本作によってさらに脚光を浴びた。
 彼らの脚本に感銘を受け、ホラーとして成立させつつ家族についての映画に仕上げたのはジョン・クラシンスキー。テレビシリーズ「ザ・オフィス」で人気を博し、『だれもがクジラを愛してる。』や『13時間 ベンガジの秘密の兵士』(2016 劇場未公開)などの異色作で俳優として個性を発揮してきたクラシンスキーは『プロミスト・ランド』では出演のほかに脚本に参加。2016年の『最高の家族の見つけかた』(劇場未公開)では主演に加えて製作・監督も引き受けるなど、活動は多岐に及んでいる。
本作ではウッズとベックの脚本に手を入れて名を連ね、製作総指揮を任じ、さらに主演と監督も引き受けるという、八面六臂、獅子奮迅の活躍をみせた。
 出演者は相手役に『オール・ユー・ニード・イズ・キル』や『ボーダーライン』などで知られ、実生活でもクラシンスキーの妻であるエミリー・ブラント。加えて『ワンダーストラック』で素晴らしい演技を披露したミリセント・シモンズ、『サバービコン 仮面を被った街』や『ワンダー 君は太陽』などで存在感を残したノア・ジュブが参加している。
 決して大予算を費やした作品ではないが、アメリカでは公開されるや、公開第1週で5千万ドルを超える興行収入を記録。全世界で3億3千万ドルを超えるヒットとなっている。しかも批評的にもスティーヴン・キングをはじめ、“映画のうるさがたたち”から大絶賛の嵐。プロデュースに名を連ねた『トランスフォーマー』シリーズや『アルマゲドン』のマイケル・ベイも、我が意を得たりといったところだろう。間違いなくクラシンスキーは本作で一躍メジャーな存在となった。

 音に敏感に反応し人を襲う“何か”によって荒廃した世界で、生きのびた家族がいた。
 リーとエヴリンの夫婦に娘のリーガンと息子のマーカスにボウの5人は手話を使い、裸足で歩き、息を凝らして暮らしている。
“何か”は呼吸の音さえ逃さない。ほんの少しの音でも速攻で襲い掛かってくる。どんな音も立てられないというプレッシャーのなかで、家族のストレスはたまる一方だ。
 ある悲しい事件が起こるが、音を立てない試練は続く。家族は生き延びることができるだろうか。ましてエヴリンは身重、出産を控えているのだ――。

“何か”の正体はいわない約束なので、作品を見て得心されたい。具体的に語ると興を殺ぐかもしれないとの配慮。そのことを語らないでも作品の魅力を伝えることは不可能ではない。ここで描かれているのは一致団結せねばならない家族についての考察である。
 父はいかに妻や子供を守るかに腐心するが、子供たちはもっと自由にふるまいたい。そのことが死に直結することが分かっていても、子供は世界を知りたい。このギャップは親子の永遠のテーマだ。クラシンスキーは私生活で子供に恵まれた時期にあったので、このストーリーを親であることのメタファーと捉えたという。彼は音を立てないことの緊迫感をじわじわと高めながら、決してこけ脅かしに終わらせていない。家族の暮らしのなかにある葛藤を知的に紡ぎつつ、ホラーとしての醍醐味をきっちりと堪能させてくれる。ここにクラシンスキーの思いが反映されている。それにしても“何か”に取り囲まれているなかで出産を控えるという設定は、主人公の夫婦は何を考えているといいたくなるが、これも家族をめぐるメタファー。確かにバスタブのなかの出産シーンは、凄まじくサスペンスが盛り上がる。

 本作のなによりの趣向は手話を使って会話をすることだ。聴覚障害を持つミリセント・シモンズを娘のリーガン役に起用した理由もそこにあり、彼女の演技は特筆すべきものとなった。『ワンダーストラック』の存在感もみごとだったが、ここではさらに多様な感情を表現している。実質的にストーリーの軸を担うキャラクターを印象深く演じている。同様にノア・ジュブもマーカス役を巧みに演じている。子役ふたりの熱演ぶりを前にして、エヴリン役のエミリー・ブラントが包み込むような演技で応える。どちらかといえば演技面では控えめなクラシンスキーとは好一対。俳優としてそれぞれの個性を尊重している感じがとても好ましい。

 全編90分、それこそ呼吸もままならない恐怖世界が体験できる。声を出せないという抜群のアイデアには拍手あるのみである。