『のみとり侍』は最近には珍しくくすぐり度の高い、おとな向け時代劇艶笑コメディ。

『のみとり侍』
5月18日(金)より、全国東宝系にてロードショー
配給:東宝
©2018「のみとり侍」製作委員会
公式サイト:http://nomitori.jp/

 2016年に劇場公開された『後妻業の女』は、セックスを餌に高齢者をたぶらかし、財産を奪う女性の姿をコミカルに描いてヒットを飾った。高齢化が進む一方の社会で、高齢者のセックスは切実なテーマであるはずなのに、なぜか省みない風潮があった。これを監督の鶴橋康夫は痛快に描き切ってみせた。
 その余勢を駆って登場したのが本作である。『後妻業の女』の仕上げ段階で、プロデューサーから次作の企画を尋ねられ、提案したのが30年間温めていた本作だった。映画界から小説の世界に進んだ小松重男の同名小説をもとに、めくるめく江戸風俗の世界を映像化したかったのだという。鶴橋康夫監督は長年テレビドラマの名手として知られ、60歳半ばの2006年に『愛の流刑地』で映画監督デビューを果たした異色の存在。テレビドラマの制約によって実現できなかった企画を映画にしている感じだ。
 本作では江戸時代の“猫ののみとり”という商売にスポットを当てている。猫ののみ取りだけではなく飼っている女性たちも慰める生業。殿様の命令で“のみとり侍”となってしまった男の数奇な軌跡をコミカルに紡いでいる。
 越後長岡藩の勘定方書き役というエリートだった侍が庶民の世界に入ることを命じられ、しかも後家さん、参勤交代でひとり寝の武家の妻、商家の女将やお妾などを慰めるために悪戦苦闘する展開。鶴橋監督が自ら脚色にあたり、小松重男の短編小説3編を巧みにまとめあげたエロティックな要素満載のストーリーのなかに、庶民の人情、風俗がくっきりよ浮かび上がってくる。
 こうした題材は体験を重ねたおとなだけが機微や面白さが分かる。あえておとなに向けて本作を製作した意気を称えたくなる。
 出演は『海よりもまだ深く』などで軽妙な味が出てきた阿部寛に『愛の流刑地』の豊川悦司に寺嶋しのぶ。豊川と寺島は監督の意をくんでエロティックな香りをふんぷんと漂わす。さらに斎藤工、風間杜夫に加えて、『後妻業の女』のヒロインを演じた大竹しのぶや『探偵はBARにいる3』などで新たなイメージを披露した前田敦子。松重豊に桂文枝などヴァラエティに富んだ顔ぶれが揃っている。

 時は十代将軍・徳川家治の治世。越後長岡藩勘定方書き役の小林寛之進は、歌会の場で藩主・牧野備前守忠精の歌を批判したために、のみとり侍を命じられる。
 寛之進はのみとり侍がどんな役目なのか知らぬまま、のみとり屋を訪ねる。のみとり屋の旦那と女将は寛之進が何か目的を秘めていると勘違いし、のみとりの一員に迎え入れる。長屋暮らしを始めた寛之進は、のみとりがどういった業務をするのか得心するが、根が生真面目な性格。辞めることなく、懸命に仕事に精進する。
 ところが最初の客は亡き妻に瓜二つのおみね。しかも彼女からセックスがへたくそとののしられてしまう。意気消沈した寛之進は、恐妻家なのに女好きの小間物問屋の婿養子・清兵衛に教えを乞う。清兵衛の濡れ場を覗き、懸命にテクニックを覚えた寛之進はめきめきと腕を上げ、おみねを感嘆させたばかりか、一流ののみとりとなる。 清兵衛ものみとりの一員となり、寛之進の親友になる。
 長屋に住む人々と親しくなった寛之進は、子供たちに無償で読み書きを教える浪人・佐伯友之介が急病になったときに懸命に助け、そのことからさらに江戸の人々の人情の厚さを知る。
だが規制緩和政策を行なっていた老中・田沼意次の失脚により、のみとり禁令が施行される。寛之進も捕らわれさらし者にされてしまう。寛之進は侍に戻れるのか。おみねとの愛を貫くことができるのか――。

 江戸時代の寂しい女性たちを慰める職業を題材に、男たちの友情、庶民の人情を浮き彫りにした鶴橋康夫の姿勢に拍手を送りたくなる。エピソードを重ねて、主人公が庶民世界に慣れ親しんでいく様子を面白く描き出す。色っぽいところはとことんエロティックに、滑稽なギャグを随所に散りばめながら、情の機微を映像に焼きつける。鶴橋監督にとっては初めて江戸時代を舞台にした時代劇でありながら、現在に通じる哀歓が画面に漲っている。
 とりわけセックスは本作の要。笑いをこめつつストレートに描き、その歓びを謳いあげる。涙ぐましい努力を重ねて、性の奥義を追求する男の姿をくっきりと描き出す。性愛描写はねちっこく、笑いで中和するスタイルといえばいいか。自在な演出で軽快なストーリーテリングを披露する鶴橋監督に拍手を送りたくなる。画面からはとにかく面白くつくろうとの熱さが感じられるのだ。

 俳優たちも鶴橋監督の思いに応えて存分に実力を発揮している。寛之進役の阿部寛の奇妙に律義なイメージもいいが、清兵衛役の豊川悦司の性の達人ぶりがぴったりはまって、まさに適役。さらにおみね役の寺島しのぶが素敵に輝く。色っぽい役では現在のところ、彼女に勝る存在はない。

 年齢を重ねるほど面白さが実感できる仕上がり。こういうエンターテインメントがもっと増えてほしいものだ。