今さらいうまでもないことだが、トム・クルーズほど意欲的な俳優はハリウッドのみならず、世界のどこにもいないだろう。『ミッション:インポッシブル』シリーズをはじめ、数々のヒット作を世に送り出すスターでありながら、古くは『マグノリア』や『ワルキューレ』、『ロック・オブ・エイジズ』に『オブリビオン』など、琴線に触れた企画はフットワークよく参加している。持前のプロデューサーとしての能力を最大限に活かした作品選択。常に第一線にいることを認知させるために、努力を惜しまない。ある意味でスターの鑑のような存在だ。とりわけ、昨年から今年にかけては『ジャック・リーチャー NEVER GO BACK』、『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』と主演作品が続けさまに公開され、さらに本作の登場となった。
孤高の流れ者ジャック・リーチャーをクールに演じ、ミイラに選ばれた小悪党ニック・モートンがヒロイズムに目覚める展開をさらりと表現してみせたクルーズは、2作の好調さを引き継いで、本作では時代のメカニズムに翻弄された男、バリー・シールを軽妙に演じ切っている。
フィクションでも驚くような軌跡を歩んだ実在の人物、バリー・シールを、クルーズはユーモアと軽やかさをにじませながら、くっきりと肉付けしてみせる。1970年代末から1980年代にかけて、アメリカCIAが暗躍した戦略の尻馬に乗ったばかりに、思いもかけない人生を歩むことになったパイロットのストーリー。多少、才覚があったことから、呆れるような事態に直面することになる。
この男に着目したのは脚本家のゲイリー・スピネッリ。『アルゴ』と同じ時代のCIAのスキャンダルをリサーチしていたスピネッリは、CIAに認められたパイロットにして、麻薬密売人でもあり、家庭第一という魅力的なキャラクター、バリー・シールに行き着いた。
この脚本に魅せられたのが監督ダグ・リーマンとトム・クルーズだった。『オール・ユー・ニード・イズ・キル』で意気投合したふたりは、次なるコラボレーション作品を探していて、この脚本に出会ったのだ。ふたりが企画に参加したことで、よりコミカルで痛快なエンターテインメントに磨き上げた(リーマンはスピネッリの才能を見抜いたようで、2019年完成予定の『Chaos Walking』の脚本にも参加させている)。
出演は、トム・クルーズを軸に実力派が選ばれている。アイルランドの名優ブレンダン・グリーソンの息子で、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』や『ブルックリン』など、多彩な出演作を誇るドーナル・グリーソン。『恋するブロンド・キャスター』のサラ・ライト・オルセン、『フライト』のE・ロジャー・ミッチェル、『バトルシップ』のジェシー・プレモンズなど個性に富んだ顔ぶれである。
1970年代後半、トランス・ワールド航空のパイロット、バリー・シールはCIAにスカウトされる。彼の操縦技術を見込んで極秘の偵察飛行に参加するように求められた。家庭第一主義ながら野心家でもあったシールは誘いを引き受けることにした。
さまざまな汚れ仕事をこなすうち、シールはパナマの独裁者マヌエル・ノリエガとCIAとの仲介を果たすようになっていた。CIAの荷物を極秘で運び、帰りはカラで戻るのは勿体ないとばかりに、巨大麻薬組織“メデジン・カルテル”の麻薬王パブロ・エスコバルと接触。コカインをアメリカ本土に運ぶ仕事もはじめる。CIAも薄々、シールが麻薬密輸に関与していることを知っていたが、代わりがいないために黙認。CIAはニカラグアの親米反政府組織コントラに武器を密輸する任務をシールに命じるが、シールはその武器をカルテルに横流しする計画を実行に移す。
もはや、数えきれないほどの金を稼ぎ、わが世の春を謳っていたシールだったが、CIAが庇護するのを止めたとき、事態は急激に悪化していった――。
第2次大戦後、1947年に設立されたCIAは各国で諜報活動、謀略活動に勤しんでいることは映画などが教えてくれるが、本作では内情がいささか杜撰であることを明らかにしている。キューバ革命以降、とりわけ中米、南米の赤色化に神経を尖らせ、金と武器を各国に持ち込んでアメリカナイズさせようとしたことは歴史が明らかにしている。
現在でも謀略活動を行なっているわけだが、本作の主人公、バリー・シールが活動していた時期はもっとも派手に活動が露見した頃でもあった。中南米におけるCIAの汚れた仕事を一手に引き受けていたシールは、パナマの独裁者ノリエガ将軍からニカラグアの親米組織コントラに至るまで、CIAの関係した活動の当事者たちと密な関係を保ち、才覚を利かせてコロンビアのメデジン・カルテルを相手に商売を拡大し、帰途の空っぽの機内にコカインを積んで、アメリカに持ち込むことで大成功を収める。飛行はCIAが庇護してくれるから、怖いものなし。この賢いアイデアが金を生む。いうなればアメリカン・サクセス・ストーリーの典型である。
行なっている活動の是非を問うのは、いささか的外れ。シール本人は、根は善良、家族思いながら、モラルに対しての意識が希薄なだけだ。まして最初の動機はお国のために尽くすという錦の御旗があったが、行なっていることは密輸であり偵察。彼はCIAの指示に従って行動するうちに、金儲けのコツを閃いただけなのだ。
ダグ・リーマンはこの数奇な男の軌跡を、ユーモアを散りばめながら、痛快に描き出す。ピカレスクとしての面白さを画面に焼きつけ、CIAの行なってきた所業を鋭く風刺し、笑い飛ばす。シールのようなトリックスターを生み出した元凶はCIA。愛国のもとに行なっている所業がいかに汚れているかを、リーマンはとことん映像に焼きつけている。
トム・クルーズは、お調子者で信じられないほど金を設けた男シールを、共感の出来る存在として演じている。考えてみれば、シールは家族を愛し、自分の腕ひとつで成功を手に入れるというアメリカン・ドリームを成功させた存在。ただ一点、関わった相手が悪かっただけだ。この立脚点でクルーズはアプローチをかける。アンチヒーローで既成概念にとらわれない自由な男としてシールを表現している。憎めない愛すべきキャラクターに仕立てているのだ。本作の成功は、リーマンの疾走する語り口のもと、クルーズがのびのびとキャラクターを演じていることに尽きる。
世の中、きれいごとじゃない。この真理を知らしめてくれる痛快エンターテインメント。アメリカが世界に広めている闇の一端が分かる、快作だ。