『ダンケルク』はクリストファー・ノーランの演出際立つ、第2次大戦を背景にしたエピック・ドラマ!

『ダンケルク』
9月9日(土)より、全国ロードショー
配給:ワーナー・ブラザース映画
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公式サイト:http://wwws.warnerbros.co.jp/dunkirk/

 

『バットマン ビギンズ』から『ダークナイト』、『ダークナイト ライジング』に至るバットマン三部作、さらにSFクライム・アクションの『インセプション』、ハードSF大作の『インターステラー』まで、クリストファー・ノーランは新作を発表するごとに、観客を興奮させる映像世界を生み出してきた。

かつて『インソムニア』のプロモーションのためにノーランが来日したときのコメントが印象的だった。

「目指しているのは、物語をきちんと伝えること。同じような作品を繰り返したくない。いわれたことに反応するようなリアクティヴな演出はしたくない。相対的なことよりも絶対的な部分にこだわっていきたい。これまではラッキーなことに、作りたいと思った作品だけを作ってくることができた。今後もこの姿勢を貫きたい」

まさしくこのことば通り、ノーランはどの作品も圧倒的な映像とダイナミックな語り口、世界観を押し出してきた。見る者にとっては、ノーランの新作の報を聞くたびに、彼がどのような映像で勝負をしてくるか、期待に胸を膨らますこととなる。

そうして登場した本作は、これまでの作品群と一線を画している。描かれるのは史実に基づいた世界。第2次世界大戦下の1940年5月末、フランス北端ダンケルクにイギリス、カナダ、フランスの連合国軍兵士40万人がドイツ軍に追いつめられた。ここにおいて史上最大の撤退作戦が繰り広げられることになる。

製作・脚本を兼ねたノーランはこの作戦を、陸、空、海、3つの視点から再現していく。それも陸、空、海、それぞれで描かれる時間の尺度が異なるという難事に挑戦しているのだ。陸の部分では追い詰められた兵士たちの1週間が綴られ、海の部分ではドーバー海峡を渡って兵士を救助しようとする民間人の船の1日が描かれる。さらに空のシーンは船を援護しようとする戦闘機の1時間が紡がれる構成だ。

異なる時間軸の3つの視点から出来事をとらえようという野心的な構成のもとで、ノーランは持てる力をすべて注ぎ込んだ。撮影にはスウェーデン出身で『裏切りのサーカス』で注目されたホイテ・ヴァン・ホイテマを『インターステラー』に続いて起用。実際に撤退作戦が行われたダンケルクの海岸を1940年の状態に復元して、本物の軍艦、本物の戦闘機(スピットファイア)、本物の船舶を揃え、とことんリアルな臨場感を映像に焼きつけた。

しかも撮影デジタルに勝る解像度を誇るはIMAXと65ミリ・フィルムを使用。戦闘機のコクピットにカメラを据え付けて戦闘シーンを撮影するなど、広大な画面にスペクタクルを鮮明に焼きつけている。しかもCGIなどは極力使わずに、あくまでリアルな質感にこだわったところが、デジタルに頼らないノーランらしいところだ。

出演者は新人で本作が映画デビューとなるフィオン・ホワイトヘッドに、イギリスの音楽シーンを代表する“ワン・ダイレクション”のハリー・スタイルズといった若者群に加えて、『シンデレラ』などで監督としても活躍する、シェークスピア劇の名優ケネス・ブラナー、『白鯨との闘い』のキリアン・マーフィ、『ブリッジ・オブ・スパイ』のマーク・ライランス、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』など、イギリス映画界の演技派が選りすぐられている。

 

戦いに敗れたイギリス、カナダ、フランスの連合軍兵士たち40万人がダンケルクの海岸に追いやられた。ここは遠浅で大きな船舶を着岸することができない。逃れる場もなくただ助けを待つしかない兵士たち。トミーと仲間たちもただ生きて帰りたい一心で海岸を彷徨っている。

事態を打開するため、イギリス政府は民間の小型船舶を招集した。ドーバー海峡の向かいの港町から、多数の小型船舶が厳しい海峡を乗り切って救助に向かった。ミスター・ドーソンと息子の船も懸命にダンケルクに向かう先には、多くの試練が待ち受けていた。

小型船舶の航行を守るべく、空にはイギリス軍戦闘機が飛行している。形勢は不利、敵機との交戦のなかで、ファリアをはじめとするパイロットはなんとか撤退作戦を成功させようと全霊を傾ける――。

 

全編、99分。セリフもほとんどなく、ただただ映像が見る者に迫ってくる。敗走する兵士たちは、空からの攻撃に成す術もなく、ひたすら生き延びる手段を探している。波は荒く、敵の攻撃も激しい。一方で、危険をものともせずに、黙々と救助に向かう小型船舶がドーバーに漕ぎ出でている。その姿を見出し、懸命に援護しようとする戦闘機の戦い。陸、海、空、三様の行動が緻密に織り込まれ、時間刻みのサスペンスとなって、見る者を釘付けにする。

これぞ圧倒的な臨場感、有無を言わさぬ映像の迫力。わくわくするような高揚感と、胸が熱くなる感動がスクリーンにはある。無駄な部分を排し、ひたすらダンケルクで起きた出来事を映像に焼きつける。あえてそれぞれのキャラクターのセリフを最小限度に留めたのは、個々のドラマを際立たせるのではなく、それぞれのキャラクターをひとつの出来事のコマにして、うねりのようなドラマに収斂することにあった。息もつかせず、最後まで走りぬく99分。ノーランの円熟を実感させる仕上がりである。

かつて1990年代の半ば、ノーランは小型船舶に乗船。悪天候と厳しい海峡のため19時間もかけてダンケルクに渡ったことがあったという。このときにダンケルクの撤退作戦のことが頭に浮かんだとコメントしている。生々しい体験を活かしたスペクタクルな映像を作品にすることをここに発想したわけか。

この歴史に名高い撤退は“ダイナモ作戦”と呼ばれ、民間人も参加して不屈の精神を示した点で“ダンケルク・スピリット”と称えられたという。最初、ダンケルクを映画化すると聞いたときは、負け戦を題材にするとは一筋縄ではいかないノーランらしいと思ったが、イギリス人の精神を鼓舞する撤退作戦だったのか。ただ、軍人たちが右往左往するなか、民間人が手を差し伸べる題材という点で気骨のノーランらしいといえる。

 

出演者は有名無名を問わず、ノーランの指導のもと、歴史を担った人々をさらりと演じている。なかではマーク・ライランス演じるミスター・ドーソンが直面する悲哀と不屈の意思にイギリス人魂が浮かび上がってくる。さらにパイロット、ファリアに扮したトム・ハーディは唯一、ヒロイックな活躍をするキャラクター。素敵な男伊達をみせてくれる。

 

2017年度のアカデミー賞最有力の声もある。まさしく本作は体験する映画。出来るならIMAXの大画面で見ていただきたい。胸が躍る作品である。