日本のアニメーションを世界に飛躍的に広めた功労者を考えるとき、やはり宮崎駿とスタジオジブリの存在を欠くことができない。『千と千尋の神隠し』がベルリン映画祭金熊賞、アカデミー長編アニメーション賞を受賞したのをはじめ、『もののけ姫』や『ハウルの動く城』、はたまた『崖の上のポニョ』に『風立ちぬ』などなど、数多くの作品が世界に出て、高い評価を受けた。
こうしたスタジオジブリの次代を担う存在といわれたのが米林宏昌である。1996年に入社以来、アニメーター、原画、作画監督などを歴任。2010年に『借りぐらしのアリエッティ』で監督となり、第2作『思い出のマーニー』は高畑勲、宮崎駿が関わらない初のジブリ作品となった。
米林宏昌はスタジオジブリの新たな星となったわけだが、宮崎駿の引退宣言に伴い、2014年にスタジオジブリの制作部門の休止が決定(今年になって、宮崎駿が引退宣言を撤回し、5月には制作部門が再開している)。制作部門全員が退職の止むなきに至る。米林宏昌も退職し、『思い出のマーニー』で組んだプロデューサーの西村義明とともに、2015年にスタジオポノックを設立。その記念すべき第1回作品が本作となる。
ふたりが選んだのはイギリスの女性作家、メアリー・スチュアートが1971年に発表した児童書「The Little Broomstick」(「小さな魔法のほうき」という邦題で出版されたが、本作の劇場公開に合わせて、「メアリと魔女の花」のタイトルで出版された)。この児童書をもとに、米林監督は『かぐや姫の物語』の坂口理子とともに脚色。不思議な花によって魔法の力手に入れたヒロインが魔法世界で大冒険を繰り広げるという心躍る冒険ファンタジーに仕上げた。
そもそもこの原作は、プロデューサーの西村義明が「この扉を開けるのに魔法なんか使っちゃいけない。どんなに時間がかかっても、自分の力でいつもどおりに開けなきゃ」というセリフに魅了されたことから。持ちえた魔法の力に頼らずに歩もうとするヒロイン・メアリの姿が、スタジオジブリという強大な力を失くしても、アニメーション映画をつくり続けることを決意した米林監督自身と重なるというわけだ。
米村監督をサポートすべく、『思い出のマーニー』作画監督補佐を務めた稲村武志が作画監督を引き受け、スタジオジブリ作品を彩ったアニメーターが集結。またスタジオジブリに在籍していた人々によって設立された背景美術スタジオ「でほギャラリー」も参加している。
加えて、『エヴァンゲリヲン新劇場版』の前作を手がけた福士享を撮影監督に招くなど、これまで培ってきた世界に新風を入れ込む試みもなされている。
なによりキャスティングが充実しているのも嬉しくなる。ヒロインの声を『無限の住人』の杉咲花が演じているのをはじめ、『君の名は。』の声や『3月のライオン』の熱演が記憶に新しい神木隆之介、さらに天海祐希、小日向文世、満島ひかり、佐藤二朗、遠藤憲一、渡辺えり、大竹しのぶという豪華な布陣。しかも主題歌がSEKAI NO OWARIの「RAIN」とくるから注目度満点だ。
大叔母の家に引っ越してきたメアリは、好奇心旺盛だが不器用な女の子。家政婦や庭師の手伝いをしようとするが、かえって迷惑をかけてしまう。家にやってきたピーターという少年が気になるが、ピーターは相手にしてくれない。
ひとりで食事をしているときに、黒猫がやってくる。猫に誘われるように森に入り込んだメアリは不思議な花をみつける。
潰すとジェル状になる花は魔力を有していた。森のなかで古いほうきをみつけ、偶然、花のジェルが手のひらとほうきの柄につくと、ほうきに突然に力が宿る。ほうきはメアリと黒猫を乗せて大空を駆け、天空の島にたどりつく。
この島には魔法大学エンドアがあった。メアリは新入生と間違えられたことから、魔法大学の校長、魔法科学者を相手に、ピーターをも巻き込む大冒険を繰り広げることになる――。
「ドキドキとワクワクに満ちたエンターテインメントを目指す」と、米林監督はメッセージに残している。この作品は、これからの時代を生きていく子供たちと、20世紀の魔法がもはや通じない時代に生きているぼくたちの物語なのだとも記している。確かにぼくたちは夢を失った閉塞社会に生きているし、凄まじい力を秘めた花を危険性も考えずに使おうとする魔法大学の校長や科学者を象徴する存在は現実にいっぱいいる。つくり手のメッセージは分かりやすく伝わってくる。
もちろん、ドキドキ、ワクワクの要素も存分にある。ほうきにまたがり黒猫とともに空を飛ぶ趣向では『魔女の宅急便』、空に浮かぶ島は『天空の城ラピュタ』を想起させる。加えて深い森の緑は『もののけ姫』と、随所にスタジオジブリ作品のオマージュを感じさせる。スタッフのほとんどがスタジオジブリ出身であることを考えれば、無意識に似てしまうのも当然といえるが、米林監督はより積極的にジブリ色を打ち出しつつ、新たな要素を付加する。スタジオジブリの作品を継承しつつ、新たな可能性につなぐ挑戦といえばいいだろうか。
宮崎駿や高畑勲の開拓した想いに貫かれたオリジナリティのある世界観、巧みな語り口とは別な着地点を目指していることが伝わってくる。全体的に盛沢山すぎるきらいがあって、展開が少々、目まぐるしいものの、少女の成長と“事態に立ち向かう勇気”を称えた瑞々しい演出は米林監督ならではのものだ。
ヒロイン役の杉咲花をはじめ、声の出演者たちはいずれも個性を存分に活かした、安定したパフォーマンスを披露している。SEKAI NO OWARIの主題歌も作品の余韻を倍加するが、『思い出のマーニー』でも仕事をした村松崇継の劇中音楽も素晴らしい。
スタッフ、キャストの熱意に貫かれた仕上がり。今後の活動に期待し応援したい。まずは一見に値する。