『怪物はささやく』は、孤独な少年と不思議なストーリーを語る怪物とのエモーショナルなファンタジー。

『怪物はささやく』
6月9日(金) TOHOシネマズ みゆき座 他 全国ロードショー
配給:ギャガGAGA★
©2016 APACHES ENTERTAINMENT, SL; TELECINCO CINEMA, SAU; A MONSTER CALLS, AIE; PELICULAS LA TRINI, SLU.All rights reserved.
公式サイト:http://gaga.ne.jp/kaibutsu/

 

 一口にファンタジー映画といっても、『ロード・オブ・ザ・リング』三部作や『ハリー・ポッター』シリーズ、『アリス・イン・ワンダーランド』から、『美女と野獣』に『パンズ・ラビリンス』まで、多種多様。想像力に富んだ異世界や奇態なクリーチャーに彩られたストーリーはなるほど、映像化するのに魅力的な題材ではある。

 本作もまた注目すべきファンタジー映画である。哀切にして胸の熱くなる逸品といいたくなる仕上がりだ。

 原作は、47歳の若さでこの世を去った英国人作家シヴォーン・ダウトの未完の遺作を、アメリカ人作家パトリック・ネスが完成させた同名小説。この小説は優れた児童文学に贈られるカーネギー賞と、挿絵に贈られるケイト・グリーナウェイ賞を獲得している。

 原作に心を奪われたのが『パンズ・ラビリンス』のプロデューサー、ベレン・アティエンサと、『永遠のこどもたち』や『インポッシブル』などを手がけたスペインの映画監督フアン・アントニオ・バヨナだった。ふたりは映画化権を得ると、原作者のパトリック・ネスに脚色を依頼した。さらに原作の挿絵を担当したジム・ケイにも怪物の造形で制作に参加を求めた。それだけふたりは原作のイメージを大切にしていたという証明だろう。とはいえ、映画は小説とは違う。脚本にあたったネスも十分に理解していて、映画ならではの展開と結末を用意している。

 心に秘密を抱いた少年の前に、怪物が現れ、奇妙な物語を語りだす。怪物は3つの話を少年に語り、4つ目の話は少年に真実を語れと迫る。少年の現実は難病の母との生活。過酷な現実と想像力という題材は『パンズ・ラビリンス』と共通している。

 出演はオーディションで選ばれたルイス・マクドゥーガル。『PAN~ネバーランド、夢のはじまり~』にも出演していたというが、それほど印象に残っていない。ちょっと暗さのある表情は確かに本作のキャラクターにはぴったりとはまっている。

 共演は『博士と彼女のセオリー』のフェリシティ・ジョーンズに、『エイリアン』シリーズでおなじみのシガーニー・ウィーヴァー、『キング・コング:髑髏島の巨神』のトビー・ケベル。さらにチャップリンの娘ジェラルディン・チャップリン、『シンドラーのリスト』のリーアム・ニーソンが怪物の声を演じている。

 本作は、スペインのアカデミー賞にあたるゴヤ賞では監督賞をはじめ9部門で受賞を果たし、2016年のスペイン年間映画興行収入第1位に輝いている。

 

 教会の墓地が見える小さな家に、13歳の少年コナーは病を抱えた母とふたりで暮らしていた。毎日、悪夢に悩まされていたコナーのもとに、ある晩、丘の上から巨大な怪物がやってきた。母が、何千年も生きていると教えてくれたイチイの木の怪物らしい。

 怪物は「今からお前に3つの物語を話す。4つ目の物語はお前が話せ」と迫る。

 翌日、母の容態が悪化し、口やかましい祖母が母の世話をするために家にやってきた。その夜、12時7分、怪物が来て、第1の物語「黒の王妃と若き王子」を語り始めた。物語の結末に、コナーは反発するが、怪物は意に介さない。

 母の再入院が決まり、祖母の家に預けられたコナーは学校にも居場所がない。離婚しアメリカで暮らす父が訪ねてきても、一緒に暮らせるわけではなかった。その晩に怪物が第2の物語「薬師の秘薬」を語るが、これもまた想像を絶する結末でコナー怒りの衝動に駆られる。

 母の容体がさらに悪化したとき、怪物が語る第3の物語「透明人間の男」はコナー自身の物語だった。怪物はコナーの第4の物語、コナーの真実の物語を要求した――。

 

 アニメーションを巧みに挿入しながら幻想シーンを際立たせ、現実シーンは細やかな描写でくっきりと浮かび上がらせる。原作に魅せられただけあって、フアン・アントニオ・バヨナの演出はこの物語のツボをきっちりと押さえている。過酷な現実を背負いきれなくなった少年の心情が生み出した怪物の物語は、切なく哀しいのだが、バヨナは過剰に悲壮がることもなく、淡々と繊細に映像化している。

 少年の心の裡にある罪悪感、どこにもぶつけようのない怒りの衝動が怪物の語る物語に重なるにつれ、怪物が「お前を癒しに来た」ということばが心に沁み入ってくる。

 この世界は不条理で悲しみや苦悩は突然にやってくる。悲しみは公平に訪れるわけでもない。こうしたことを甘んじて受け入れることで、人は成長していく。怪物はその事実をコナーに教える存在というわけだ。バヨナは母と子、祖母と孫、父と子の絆の違いをリアルな人間描写で明らかにしながら、少年が怪物を介して、現実と向き合い成長するストーリーを美しく映像化した。ラストの余韻は温もりがあり胸が熱くなる。

 

 コナー役のルイス・マクドゥーガルは13歳という、おとなでもなく子供でもなくなった年齢の少年を印象深く演じている。暗さの漂う表情を活かしながら、人を受け入れない頑なさを持った少年をきっちりと表現している。母親役のフェリシティ・ジョーンズは子供優しく寄り添いながらも病に倒れ、過酷な運命を耐える健気さをさりげなく演じれば、シガーニー・ウィーヴァーは口うるさいが心根は優しい祖母を過不足なく焼きつけてくれる。

 

 怪物と少年の友情を描いたありがちなファンタジーとは一線を画し、生と死がせめぎあうストーリーのなかに人生の真実を描いた作品。年齢を重ねた人間には、かつて自分が味わった出来事が頭に蘇ってくる。一見の価値は十分にある。